第33話 天敵・チア部との企画会議

いよいよ、ものづくりの祭典・メイカーフェアで女学院代表として出展する出し物を相談する、チア部とプログラミング部の『合同企画会議』の日がやってきた。

会議室には、30人ほどのチア部員(全員かわいい)と、4人のプログラミング部員が着席している。

チア部員は皆やる気がなさそうに、ネイルの色をチェックしたり、化粧直しをしたり、スマホを覗いたりしている。人数の差からして、もう不安しかない。


あかりの交渉のゴールは、チア部の最初の提案どおりに『ファッションショー』をやることに合意するが、そのファッションショーはプログラミング部のアイデアでやりたい。そのアイデアとは、ドレスの形に切り取った白い型紙の上にプログラミング言語Processingで描画した模様を映し出すプロジェクションマッピング形式のファッションショー、というものだ。

部員数では圧倒的に負けているが、企画会議のファシリテーターはプログラミング部顧問・玉木先生なのが救いだ。


この場で、チア部がお気に召すようなかわいい何かをプロジェクションマッピングで映し出す・・・というようなことを提案したかったのに、結局、あかりの言うことを全く聞いてくれないルイとチエは、さまざまな数学的な幾何学模様を作って遊んでいるのだった。


「私達プログラミング部からの提案は、白い型紙の上にプログラミングで描画した模様を映し出すファッションショーです。今からデモをやります…ルイちゃんどうぞ」


あかりが諦めたような表情でルイにマイクを譲る。


「フィボナッチ数列のルールに従い,四角形を再帰的に分割して描画した。これを見ろ」


ルイが得意げな顔で、再び、白黒の線のようなふしぎな数学模様を会議室のプロジェクターを使って投影した。


やはり、一同がしーんと静まり返った。

ププッ、と吹き出して沈黙を破ったのはチア部のエース・櫻井エリカだ。


「ハッ、これは何の冗談かしら? ダッサー…全然、かわいくもなんともないじゃないのよ!フィボナッチだかファボナッチだか知らないけど、

何なの、その焼きビーフンみたいな模様は!

ルイ、伝統あるチア部を馬鹿にするのはいいかげんやめてくれるかしら?」


焼きビーフン、と言われた瞬間、ルイの顔に血が登って真っ赤になる。春雨といい焼きビーフンといい、ひどい言われようだ。


「そうか。本当はゴミ処理場の画像を投影してやろうと思っていたんだがな。これにしてやったことをありがたく思え」


ルイが悪態をつき、会議室がザワつきだす。やはり女学院の不良として名を轟かせているだけのことはある。


「いやー~・・・ルイちゃんさあ…ルイちゃんはご満悦なのかもしれないけど、やっぱこのフィボナッチなんとかの模様は…焼きビーフンにしか見えないよ…」


エリカの肩を持ちたくはないのに、これだけは認めざるを得ないとばかりにあかりが首をひねった。


「フン。理解できないとは残念だな」


その後行われたチア部の提案は、案の定、あまりクリエイティブとはいえないものだった。チア部員のユニフォーム姿と私服姿を交互に映し出す、『チア部員のオンとオフ』というテーマのファッションショーをしたいのだという。


これには玉木先生が反論した。


「そもそも、女学院に与えられた出展スペースは縦200cm横450cmの狭いスペースなんだ。そもそもファッションショーのための歩くランウェイを確保できない」


玉木先生が会議室のプロジェクターに出展ガイドの会場地図を映し出した。それによると、メイカーフェアの高校生エリアには、くすのき女学院の他に、隣に『くすのき科学技術高専』、向かいに『慶王高校』の展示があるようだった。


「それに、普段来ているユニフォームや私服を展示するというだけでは、あまりクリエイティブとはいえないな…。展示物が一定のレベルに満たないと判断されて、来年の出展を断られたりする可能性もあるから、もう少し創作をしてほしいんだ。

例えばだが…ただ売られてる服を展示するより、自分たちで服を作ってそれを展示すればいいんじゃないか?」


「自分たちで服を作る?」

珍しくエリカが素直に驚いた表情をした。

チア部は、かわいい年頃の女子が多く、ファッションが好きな部員は多い。服を作るというのは、なかなか良い案のように思えた。


「...パパ活でオジサンたちにバッグとか服とか買ってもらってる、自立心の足りないあいつらチア部には似合いの宿題だわねえ…」


ヒソヒソと、しのぶが聞こえないようにあかりに呟いた。


「パパ活ってなに?」


あかりが無邪気な顔でしのぶに尋ねた。


「ちょちょちょ、大きい声出すなって~! チア部ってみんなカワイイから、中には社会人のおじさんとデートして、美味しいもの食べたり高いブランドバッグ買ってもらったりしてる部員もいるってウワサがあるだけよ」


「服を作るなんて、おもしろそうじゃない。

スペースの関係で、実際にランウェイを歩くファッションショーができないのは、わかったわ。仕方ないわね。でも、何かを作って展示すればいいってことね」


エリカがそう言った。


「んー、でもやっぱりスペースが狭いから、そんなにたくさんの服は展示できないかもしれないな。その点、プログラミング部の案だと、白い板に光を当てるだけのファッションショーだから省スペースなのがいいんだけど」


玉木先生が困った顔をしてそう言った。


「申し訳ないけど、プログラミング部の指図は受けないわ。展示スペースを2つに割って、プログラミング部とチア部それぞれ別々のものをやれば解決じゃない?そのようにさせていただくわ!」


ニヤリとエリカが笑うと、颯爽と会議室を去っていった。それに続いて、30名のカワイイチア部メンバーもゾロゾロと会議室から出ていく。


ああ、交渉失敗だ…。あかりはうなだれた。


「ねえ…質問なんだけど」


気づくと、帰る準備をしている途中のチア部の部員の1人が、ルイの前に現れた。


「…さっき言ってた模様って、なんでもつくれるの?」


「規則性をみつけさえすれば、大体はできると思うがな。なぜだ」


「ヴィトンのモノグラムの模様つくってよ」


「はあ?」


その部員は、手に提げていたブランドバッグをプログラミング部員に見せつけた。


「これと同じ模様を作ってくれない?」



プログラミング部の部室に、ずらりとブランドバッグの山が並んでいる。プラダ、フェンディ、グッチ、サンローラン… どうにもこの部室にはそぐわないおしゃれなものだ。すべて、エリカ他チア部から借りたものだった。


ルイがそのバッグを1つ1つじっと凝視している。なにやらサラサラとメモを取ると、PCで高速タイピングをはじめた。


「ルイ・ヴィトンのモノグラム柄とダミエ柄は再現できた。あとはグッチのダブルGとシェリーラインだけだ」


ブツブツとつぶやきながら、あかりの焼いたマドレーヌを次々に口に運ぶ。どうやらゾーンに入っているようだ。


「ルイちゃんがブランドバッグとにらめっこなんて、なんだか不思議な光景だ…また違うタイプの呪文をとなえてる」


あかりが呆れたような顔でしのぶと話している。


「焼きビーフンとか春雨とか言われてまた拗ねてるのかと思ってたんだけど、拗ねるを通り越して開き直ったのかな? あれ」


しのぶがそう言ってから、ああ、そうか、と続けた。


「ルイ、ずっとわだかまりが残っていた『殺人ゲーム』をこの前の文化祭でリメイクしたら大人気になって、色々と吹っ切れたんじゃないのかな」


「そうなんだ…そうだといいな」


あかりがブツブツとつぶやきながらひとりで高速タイピングをするルイの背中をみながら笑った。




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