第25話 杖のひみつは・・・?

「あのー、すみません。」


ハッカソンが終わり、あかりが備品を片付けながら帰る準備をしていると、知らない少女に声をかけられた。


「さっきの、スノッキー和尚の杖、見せてください!」


小学校高学年ぐらいだろうか。隣にいる保護者らしき女性が微笑みかけてきた。


「先ほどのプレゼン、とても素晴らしかったです。お話ありがとうございました。この子がどうしてもお姉さんにお話聞きたいって言うもので、よかったら少し見せてもらってもいいですか。」


今日のハッカソンには参加者の家族が見にきていた。参加した高校生の母親と妹だろうか。


「ありがとうございます!もちろんです!・・・杖、これなんだけど見る?」


片付けかけていたスノッキー和尚の杖を渡すと、少女は杖の先端についていたWebカメラをすぐに見つけた。


「これカメラ?これでくすのきせんべいがわかったの?」


あかりは杖に隠されていた「ラズベリーパイ」を取り出して見せた。


「そう。このカメラで写したくすのきせんべいを、実はここに隠してた『ラズベリーパイ』っていうコンピュータでプログラミングして、見分けられるようにしてたんだー。プログラミングってわかるかな?」


少女はうれしそうに頷く。


「うん、Scratchやってるもん。これはどうやってプログラミングするの?」


どうやらプログラミングを既に学んでいる小学生らしい。もしかしたら自分より詳しいのかもしれない、と思いながらあかりは説明を続ける。


「えーと、いつも使っているパソコンは画面を見ながらキーボードやマウスで操作してるよね。このコンピュータは、画面やキーボードが付いてないから自分でつなげる必要があるんだよね。それから、WindowsとかMacの『OS』ってわかるかな?いつも使ってるパソコンに入ってる基本のシステムのことなんだけど、それも入ってないんだよ。だから自分でいろいろ自由に改造できるの。」


少女は話を聞いてるのか聞いてないのか、「ラズベリーパイ」をじっと見つめたあと、あかりに向かって言った。


「プログラミングしてるところ、見せて!」


「う、うん。ちょっと待ってね・・・。」


どうしよう、LEDを点灯するプログラムさえまともに動かせなかったのに、とあかりが冷や汗をかきながら、学校から借りてきたパソコンを取り出そうとカバンを引き寄せていると、聞き慣れた声が背後から聞こえた。


「プログラミングの画面、見るか?」


ルイがノートパソコンを片手に立っていた。そのスラッとした姿はいつも以上に眩しく、神様だとあかりは思った。


「うん!見る見る!」


少女はルイのパソコンを覗き込む。


「さっき、そのおねーさんが言ってたように、この『ラズベリーパイ』には画面もキーボードもついていない。画面やキーボードを接続することもできるけど、このノートパソコンから『ラズベリーパイ』に接続して、操作することもできるんだ。」


「おぉ〜すごい!!かっこいい!」


ルイが操作する黒い画面を見つめる少女は楽しそうだ。


「それで、これがプログラミング画面。C++っていう言語とOpenCVっていうライブラリを使ってる。」


「C++とOpenCV?っていうのを覚えたら、くすのきせんべい見分けられるの?」


「そうだなぁ〜。くすのきせんべいとそうじゃないせんべいをコンピュータが見分けるためには、画像認識っていう機械学習のしくみを知る必要があるかな。」


「機械・・・学習?」


「そう。このコンピュータは、今日のハッカソンよりも前、先週の水曜日に『正しいくすのきせんべいの画像』の特徴を学習してきたんだ。学習してきたから、初めて見る画像でもくすのきせんべいなら正しいかどうか見分けることができる。だけど、学習してないものは見分けられない。たとえばこのキャンディ。」


ルイはいつも口にしているロリポップをポケットから取り出して机に置いた。


「このキャンディを今、このカメラで写しても、コンピュータはキャンディの画像の特徴を知らないから、キャンディを見分けることができないんだよ。」


「そうなんだ。勉強してないとテストで0点とっちゃうのと一緒だね。でも、コンピュータが学習するってどういうこと?コンピュータもお勉強するの?」


「なかなか鋭い質問だな。そうだなぁ〜、それはこのおねーさんに聞いてみなよ。」


ルイはそう言って黒い画面でカタカタ何やら作業を始めた。まさか自分に振られるとは思っていなかったあかりは動揺して声をあげてしまった。


「ルイちゃん、ここまで説明してそれはないよ〜!」


少女は好奇心に満ちた瞳であかりを見つめている。


「機械学習っていうのはね・・・。」


結局あかりもパソコンを取り出して、先ほどプレゼンで使った資料を少女に見せながら説明を始めた。


「くすのきせんべいの正しい画像と、間違ってる画像をそれぞれたくさんたくさん用意するよ。コンピュータには、正しい画像の特徴を学習させてるんだよ。」


「たくさんってどれぐらい?」


「正しい画像だけで7000枚ぐらいかな。間違っている画像も合わせたら1万枚以上必要なんだよ。」


「そんなにくすのきせんべいの写真あったの?」


「本当はそれぐらい必要なんだけど、さすがにそんなに集められなかったよ。だか

ら、今回は1000枚ぐらいかな。」


「ふーん。」


そんなことを話していると、ルイに急に声かけられた。


「あかり、なかなか上手く説明できているじゃねーか。」


説明、聞いてたのかー!ルイが聞いてるところで説明するほど恥ずかしいものはない。ルイは自分のノートパソコンを、少女に見せながら続けた。


「1000枚集めるのも、本当に大変なんだ。だから、こうやって1枚の画像を4枚に見せてたりもする。」


パソコンの画面には、1種類のくすのきせんべいの画像がちょうど90度ずつ回転するように4枚並べてた。


「実際にカメラにうつす時も、せんべいが逆さまになったり、横向きになることもある。それでも見分けられるように『正しい画像』をたくさん用意しないといけないんだ。」


「たくさん必要なのはわかったけど、なんだか大変そう。」


少女は何だか腑に落ちてない顔をしていた。ルイはそういう少女を見てわかるわかる、という風にうなずいた。


「まー、学習させるのに1個1個カメラで写して見せてるわけじゃないからな。人間は画像を目で見て理解するけど、コンピュータは画像を1と0のデータとしてしか処理できない。だから、正しい画像の特徴っていうのも、画像データを読み込んで、数値にして計算しているんだよ、それをこのOpenCVっていうライブラリを使ったプログラミングでしてるんだ。」


「うーーん、わかんない!こういうの、わたしもできるようになるかな?」


少女は不安そうな顔で尋ねた。あかりはプログラミング部に入る前の自分を思い出して、思わず少女の手をとった。


「絶対できるよ!私もね、最初はScratchもわからないぐらい何もできなかったの。でも友達と一緒にいろんなもの作ってたら、だんだんわかってきたよ。だから、一緒に頑張ろう!」


曇っていた少女の表情は明るく変化していった。


「うん!頑張る!おねーさん、名前なんて言うの?」


「私?私はあかりっていいます。」


「あかりちゃん、ステージでお話してるのかっこよかったよ。わたしもあかりちゃんみたいになりたい!!」


「え!?こっちのかっこいいお姉さんじゃなくて私!?ありがとう・・・」


いつまでも手を振る少女と頭を下げる保護者を見送りながら、あかりは今日ハッカソンに参加してよかったとしみじみと振り返った。自分の力不足に悔しい思いもしたが、プレゼンすることで誰かに何かが伝わることもあるのだ。

あかりがルイに憧れてプログラミングを始めたように、自分もまた、一人の女の子プログラマーを少しだけ勇気づけられてたらいいなと思う。


「あかり、そろそろ帰るぞ。」


今行く、とルイに返事をしながら、パソコンで開いていたプレゼン資料をそっと閉じた。

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