第18話 天才女子高生プログラマの過去

なんとか、チア部のエリカの襲撃を振り払った翌日の放課後。

活動実績を残して学校に部の存続を認めさせるべく、プログラミング部の部室では、ハッカソン出場に向けての作戦会議が行われていた。


「確か、今年のハッカソンのテーマは『地元をPRする!』だったよね」


あかりがホームページの要項を改めて確認しながらつぶやいた。


「となると、女学院のあるくすのき市をPRする何か、ってことかあ…」


しのぶが腕を組んで、考えを巡らせる。


「何もなくないか?この辺なんて…」


ルイは興味なさそうに、キーボードを高速で叩いている。確かに、くすのき市は閑静な住宅街であること以外、何のウリもない。


「…あるじゃん!」


しばらくの沈黙の後、あかりが閃いたかのように、突然つぶやいた。


「くすのき市の銘菓『楠木せんべい』があるじゃん‼」


部室がシーンと静まり返った。

あかりはクッキング部への入部を真剣に検討していたお菓子好きである。


「…お前ホントにせんべいとかクッキーとか好きだよな...」


ルイがあきれた声であかりを見る。


くすのき市内で創業150年を誇る楠木せんべい本舗は、かつては皇室御用達の和菓子を作っていたことでも有名な老舗の菓子屋である。

楠木せんべいは製法技術へのこだわりが詰まった歴史と伝統ある菓子だが、いかんせんその地味すぎる見た目で、なかなか日の目をみることがなかった。


「私、楠木せんべいをもっとみんなに知ってもらえるアプリをつくりたい!」


「せんべいなんかであのハッカソンの強豪校に勝てるかよ? それに、あんな地味な見た目のうす焼きせんべいをどうやって...」


「ルイちゃん、昨日言ってたでしょ? 画像認識アプリが面白そうって。たくさんのお菓子の中から、くすのきせんべいだけを見分けるアプリ! これにしよう!」


 ※


 あかりがチームをまとめるというルイの提案で、各部員の役割が決まった。あかりが設計と全体を見るプロジェクトマネージャ、ルイがプログラマ―、しのぶがデザイナ―という役回りだ。

「せんべい識別アプリ」の、プロトタイプつくりが始まった。


まずルイが取り出したのは、部室の中でホコリを被っていた「ラズベリー・パイ」である。


「なにこれ、お菓子なの?」


あかりが目を輝かせる。


「いや、違う。うちの部室のガラクタから出てくるものだからコンピューターだ。まずはOSをインストールして...」


ルイがひたすら黒い画面を見ながらコマンドで必要なもの…OS、機械学習ライブラリ、画像認識APIなどを次々とインストールしていき、その辺に転がっていたWebカメラをラズベリーパイに接続した。その後、Pythonプログラミングに取り掛かる。

ルイはそんなに難しくないといっているが、あかりにはまだ何をしているのかさっぱりわからない。


あかりは、たくさんのいろいろな種類のクッキーやせんべいを持ってきた。鳩サブレー、あかり自作クッキー、そしてくすのきせんべいなどなどである。それぞれ撮影すると、くすのきせんべいだけをそれだと見分けることができた。


ルイはもうこれだけで技術的な満足感を得たような顔をしているが、あかりが気になるのは見た目だ。現状では、ウェブカメラと電源につなげただけの裸のコンピューターである。


「このままだとなんか…外見が地味じゃない?なんかポップな感じの『道具』っぽくできないかな。持ち運びたいし、見た目もカワイイとうれしい」


「電源を電池ボックスにして、筐体の中にラズベリーパイと電源とウェブカメラをうまく収めて、魔法のステッキみたいな見た目にしようよ。私、3Dモデルで設計図つくる」


しのぶが提案する。


「いいね! あとは、魔法のステッキだから、せんべいを識別するための写真を撮る時にキラッと光ったり、音が鳴ったりするとかわいいかも」


「じゃあ、せんべいだとわかったときにLEDライトが点灯するプログラムはあかりが書け。かんたんだろう」


ルイが不意にあかりに宿題を投げてきた。


「ええっ!?・・・わかった、やってみるね。じゃあ、LED点灯のプログラムは今週中に私が書くとして…」


あかりはこれでも、今やルイというプログラマを率いるマネージャーである。コードなんて書けないとは言えなかった。


「このラズベリーパイと電源とカメラがうまくおさまるような箱とか筒が必要ってことだよね…みんなで100円ショップに買い物にいこうよ!」



ハッカソンの開催期間は週末の2日間。土曜日が開発期間で、日曜日が本番のプレゼンテーションだ。プレゼン時間は、持ち時間1分のなかで行われる。開発にいたるまでの事前準備が大切だった。

まず向かったのは、くすのき駅前の駅ビルに入っている地元の100円ショップだ。


「で、何がいるんだっけ?」


「ラズベリーパイとカメラと電源が中に入る筒を作りたいから、厚紙とか色画用紙のエリアをチェックしたいな」


「フーッ! お宝ゲット! いやー楽しい! いい汗かいたぜ~」


なぜか100円ショップでの買い物に同行してきた玉木先生がうれしそうに、カゴをいっぱいにしてホクホク顔で戻ってきた。

玉木先生の趣味は、100円ガジェットの分解である。レジカゴの中にあるのはリモコン、ラジコン、LEDライトなどなどだ。


「先生…なんでそんなうれしそうなんですか…てか、うちらの部費勝手に使わないでくれます?」


「いや、ついね!それに買ったと言ってもたったの2000円分!いやー、分解好きには100円ショップは天国みたいだなあ」


今も古いガジェットで足の踏み場もないプログラミング部の部室にさらにジャンク品が増えるのかと思うと、玉木先生を連れてきたのは失敗だった。


「ちょっとあかり、来てよ。厚紙みるからー」


筐体デザイン担当のしのぶがあかりの手を引いて、色画用紙のコーナーがある上の階に消えていった。


不意に、ルイと先生が二人きりになる。


「早乙女くん、星野さんが入部してからおしゃべりになったんじゃないか?」


「ッ、なんだ先生」


「はは、よく喋る早乙女くんなんて珍しいって思ってね。でも、いいことじゃないか。こうやってハッカソンにも去年とは比べ物にならないやる気でみんなをリードして、うまく星野さんをリーダーに仕立ててるし」


「先生こそ、なんだよ。一緒についてくるとか」


「いやー、みんな楽しそうだったからついね。

 …早乙女はマイペースで、自分の道を進めばいいんだからな」


「ふーん。じゃあもう、学校に行かなくてもいいですか、先生」


「いやあのねーそういう意味じゃなくて…」


先生が苦笑いする。ルイは本当にひねくれ者だが、先生だけはルイのわずかな変化に気づいていたようだ。新入部員のあかりの純粋さがいい影響を与えているのだろう。


 ※


一方、しのぶとあかりは、厚紙を見に下の階へ降りた。


「ねえしのぶちゃん。ルイちゃんて、なんであんなに校長先生が嫌いなの?」


「3年前かな。ルイが、競技プログラミングのなにかのコンテストで、1位を取ったことがあったんだけど…」


しのぶが小声で、中等部時代のことを説明してくれた。


しのぶの話をまとめるとこういうことらしい。どうやら、女性、それも中学生の女の子がそれを成し遂げたことがとてもめずらしいことだったらしく、STEM教育の重要性やジェンダーの平等がうたわれる世間の情勢もあり、ルイはとても注目された。新聞やWebメディアの取材が毎日ルイのところに押し寄せ、誰もがルイを『天才少女』と呼んだ。

 学校も、ルイを学園PRやウェブサイトの資料に使ったり、積極的にメディアに露出させるなどしていた時期があったようだ。


「へえ…ルイちゃんってすごいなって思ってたけど、やっぱりそんなすごい子なんだね。でも、すごいことして新聞やテレビにも出たのに、ルイちゃんはそれがいやだったの?」


「具体的になにが嫌かまではわたしは知らないんだけど、たぶん、大人から女の子っぽく振る舞うように要求されたからじゃない? ルイちゃん、それまではけっこう素直な子だったんだけど、あの騒動があってから大人のいうことをきかない不良っぽい子になっちゃったんだよね…その後『殺人ゲーム』っていう女学院が舞台の殺し合いゲームつくって問題になっちゃって以降、不良ぶりはますます加速しちゃって」


そんなことがあったとは知らなかった。

大人にいろいろと利用されて、だから今、女の子らしくすることを拒否して、不良っぽく振る舞っているんだろうか?

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