第3章 目指せ優勝!高校生ハッカソン ~“かわいいだけで技術力はない女”との直接対決~
第17話 めざせ!ハッカソン優勝
毎月1回、くすのき女学院の職員の間で行われるのが『女学院課外活動会議』。
女学院中等部・高等部で活動している全部活の顧問たちが集まって、状況を報告するというものだ。
「バレーボール部は、先月、都大会優勝という実績を残し、部員の田中まりあ、大木なつ子は、朝中新聞でのインタビューを受け・・・」
「チアリーディング部は、先月の野球部応援でメディアに注目されTwitterでも話題に…」
活躍している部には、それなりの額の予算が割り振られる。
かつて名門お嬢様学院と呼ばれていた栄光はどこへやら、少子化と男女共学化のあおりを受けて、かつてほどの人気を失っている女学院。校長たち経営陣は、女学院の宣伝に必死だった。活躍する部活には積極的にメディア露出をさせたり、そのための予算を惜しまないのだ。
ふと、校長先生がプログラミング部の顧問・玉木先生のほうを見てニタリと笑う。
「玉木先生。プログラミング部は、チームとしての実績をあげてないだろう?
自由に活動しているといって、実態は生徒たちがパソコンで遊んでいるだけじゃないのかね?チームとしての活動実績がなければ、来年で部は廃部にさせてもらおう」
この前、玉木先生が校長先生に対して学校WEBサイトの管理体制の批判をして顰蹙を買ったことへの、当てつけに違いない。
玉木先生の顔がひきつったのを見て、チア部の顧問・如月みづき先生が厚化粧の唇をゆがめてほくそ笑んだ。自身も女学院チア部OGである如月先生の女学院への愛、そして校内政治のすべてをチア部に有利に持っていく図々しさは、職員の間でもいろいろな意味で評判である。
「プログラミング部につけている予算を我が校伝統のチア部につけてくれたらいいですのに。ホーーッホッホッ!」
※
「ハハハ…みんな、すまない。こういうわけで、プログラミング部としての対外的な実績が必要になってきたんだ…」
その次の日。放課後の部活動中、現れた玉木先生は困り顔で事情を説明した。
「あのクソジジイ。アタシは、毎月競プロで実績残してるけど、それはダメなのか?」
ルイが不機嫌そうに尋ねた。
「あくまで女学院プログラミング部としての実績がないと、校長先生を説得できないみたいなんだ…」
玉木先生がうなだれた。
「じゃあ、来月ある東京都が主催する『高校生ハッカソン』で優勝するっていうのはどう?」
あかりが明るく言う。
ハッカソンとは、ITエンジニアやデザイナーがチームをつくって、特定のテーマでアイデアを出し合ってモノやサービスをつくりデモを行うイベントである。東京都は毎年、高校生向けのハッカソンを開催していた。審査のうえ優秀なチームは豪華賞品をもらえるほか、各メディアでの露出も多い。対外的にアピールできる実績としては十分だ。
「あんた、優勝とか、気軽に言うけどねえ…」
『高校生ハッカソン』には都内じゅうの様々な高校が参加するが、毎年、入賞者は同じような強豪校で占められている。一例が、例年東大合格者数日本一を誇る隣町の名門男子校『海王高校』や、同じくすのき市にある『くすのき科学技術高専』、最近は、東京都STEM重点指定校として名高い『都立日比岡高校』だ。
これらのライバルたちは学校のサポートも手厚く、とてもではないが太刀打ちできない。なにか作戦が必要だ。
「部員も増えたし、きっと大丈夫よ!…でもこれって去年しのぶとルイで出場して、大失敗したってやつだっけ?」
去年のハッカソンのテーマは、『政治をもっと身近に感じたい!』だった。
女学院プログラミング部は市の議員たちをアサルトライフルで狙撃するというUnityシューティングゲームをつくり、さらにはしのぶがイッた目で誰も聞き取れない早口でピッチしたこともあいまって、観客・審査員がドン引きしたのだった。
もちろん顧問の玉木先生は厳重注意を受けたという。
「いやあ、あの後ボクも怒られちゃったよねえ。ちゃんとまともな指導をしろって…」
「技術的にはけっこう面白いものを使ってるのに、誰も評価してくれなかったな。まったく、上辺だけ見て、中身をろくに見ないやつばかりだ」
ルイはしれっとそう言うが、しのぶは去年の黒歴史をふと思い出して赤くなっている。
「・・・技術的によくても倫理的にやべーやつだね、それ」
あかりが呆れて言った。
「きょ、去年はホントに私の暴走で悪かったわよ…まあ、今年はあかりがいるから、プレゼンはまともにやれそうじゃない? あとは何を作るかのアイデアだけど…」
しのぶが赤い顔のまま、アイデアを思案するかのように上を見上げる。
あかりはパソコンを立ち上げ、東京都が主催するハッカソンWEBサイトにアクセスし、要項を確認した。
どうやら今年のハッカソンのテーマは『自分の地域をPRしよう!』ということらしい。
「地域となると、この学校のあるくすのき市をPRするなにかをつくるってことかあ…」
「さっぱりわからないな…ってかなにもないだろ、この辺」
ルイがそっけなく言う。くすのき市は東京の郊外にある何の変哲もない住宅街である。
※
ゴンゴンゴンッ‼
突然、ドアを強めにノックする音が聞こえて来た。ドアの近くにいたしのぶが出ていって来客に対応したが、何やら外で押し問答をしている声が聞こえてくる。
「誰だろう・・・」
みんなが不安げにドアの外を見ていると、急にガラガラッとドアがあき、人がなだれ込んできた。
「ちょっとお、だからうちらは何でも屋じゃないんだってば!」
ガラガラと部室のドアを乱暴にあけてに入ってきたのは、チア部の櫻井エリカとその親衛隊数名、そしてエリカに胸ぐらをつかまれているしのぶだ。
古いコンピューターとガジェットでいっぱいの部室中に、エリカがつけている香水の匂いが充満して、なんとも場違いだ。
「わが女学院伝統の歴史を誇る最大勢力チアリーディング部のいうことを聞けないっていうのかしら?」
「おい、何を脅されてんだ」
見かねて、ルイが割って入る。
「チ、チア部のプロモーションビデオ制作と最近できたウェブサイトの管理をウチがやれって…」
胸ぐらをつかまれているしのぶがかすれた声で言う。
「な、なんでそんなことをうちらプログラミング部に投げようとするわけ?」
「…パソコンでなんでもできる人たちだと思われてるんでしょ」
「断る」
「あらぁ、いい度胸ね。プログラミング部は部室で遊んでるだけっていうウワサを学校中に流して、来年、廃部に追い込むことなんて、チアリーディング部の勢力を使えばカンタンなのよ?」
エリカがベージュピンクに塗られたネイルの色合いをチェックしながら言う。
「クッ…!」
「じゃあ、わかったわよ。しょうがない連中ね。せめてこれはどう?私のこの4年間やってきたたくさんあるチアの画像の中から、美しい私の技がキマってる部分だけを選んでまとめておいてくださらないかしら? 後で私の写真集を作る予定なの」
「は、はぁ!?そんなめんどくさいことやってられるわけないでしょ?
このメギツネ!性格ブス!」
ついに堪忍袋の緒がきれたしのぶが声を荒げた。
「なんですって!? せっかく妥協したのに、パソコン画面の中で暗い青春を送る人達に言われたくないわね!」
しのぶとエリカが罵り合戦を繰り広げはじめた。
「めんどくさいこと…大量のデータから同じものを切り取る…自動化…」
ルイは騒動を遠巻きに眺めながらつぶやいた。
「画像認識アプリはどうだろう」
「なんのこと?もしかして、チア部の仕事請け負っちゃうの?」
同じく遠巻きに眺めるあかりが驚いて、となりにいるルイの横顔をじっと見つめる。
「いや、違う。ハッカソンのことだ。
カメラをコンピューターにつなげて、カメラに写り込んだ画像が何なのかをコンピューターが識別するっていう仕組みはちょっとやってみたいな。画像認識APIと、機械学習ライブラリを使えばそんなに難しくない」
「たくさんのチア部員のなかから、エリカだけを見分ける…」
あかりはつぶやいた。
「じゃあ…たくさんのお菓子の中から、おいしいお菓子だけを見分けるアプリをつくる、なーんてどうかな!?」
「相変わらず食い意地か・・・だが、悪くないな。あかり、お前がチームをまとめろ」
「えー、私!?私にできるかな…でも、がんばってみる!」
「まあまあ、櫻井エリカさん、しのぶ、2人とも落ち着けって… チア部の皆さんは今日のところはこれぐらいにしておいてくれるか?」
玉木先生が2人の間に入る。
しのぶとエリカのバトルを遠目に眺めながら、ルイの頭のなかでデモの中身が組み立てられはじめていた。
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