第14話 サイエンス部の『昆虫図鑑』

「…お前、まさか本当に来るとはな」


土曜日の昼下がり。昆虫採集のためのフル装備で、約束通りくすのき南公園にやってきたあかりを見つけて、サイエンス部部長・チエは笑った。


「…私はいつだって本気だよ! ここは乗りかかった船。サイエンス部のために一肌ぬいであげる!」


くすのき南公園は、女学院の近くにも流れる楠木川沿いにある公園だ。とくに湧き水を集めて流れる清流である楠木川は、生き物の宝庫だった。


「はあ…誘ってはみたけど、やっぱりルイちゃんは来てないよね…」


「おい」


突然、木陰から、ヌッとルイが現れた。


「ギャーッ!ルイちゃん!? し、しかもフル装備!? 来てくれたんだ…」


「…話は後だ。とっととそのナントカカントカって虫を探すぞ」


ゴウゾクグソクムシは、暗く湿った土の中にいることが多い。茂みの下に座りながら、あかりとチエが二人きりになってじっと地面をみつめていると、チエがおもむろに語り始めた。


「…疑ってるんだろ、オレのこと。理科室に来た時にすぐわかったよ。

信じてほしいんだけど、悪意があったわけじゃないんだ。IDとパスワードが書かれたポストイットが職員室の前の廊下に落ちてたのを見つけただけだ。

ホントにログインできてびっくりした。イタズラをした後にプログラミング部を悪者にすることを閃いたんだ。

なのにさ、3日経っても誰も写真を差し替えたことに気づかなくてつまらなくなった。だからスクショだけを撮って、写真はもとに戻した。…そのスクショはチア部に売った」


あかりは突然話し始めたチエの話を黙って聞いていた。

なるほど、プログラミング部を犯人にしたてて悪意をむけさせて、廃部になりそうな自分たちへの注意を反らせる目的だったのだ。


「なんで話してくれたの?」


「お前がバカみたいに一生懸命だから」


「ぐ…」


あかりは気を取り直して、チエのほうを見た。


「チエちゃん。取引しない?プログラミング部は次の文化祭の科学部の展示に協力し部の結果を残してサイエンス部を存続させる手伝いをする。その代わりに、イタズラを先生たちに正直に告白してもらってプログラミング部の濡れ衣を晴らす、でどう?」


「…わかった」


「ところでちえちゃん、プログラミング部、兼部でいいから入らない?適性あると思うんだけど」


「やだ。プログラミングなんて所詮シミュレーションに過ぎないから」


「ち、チエちゃん、なんだかルイちゃんと仲良くできそうだね…」


「そういえば、ルイは?」


アリの巣をみつけて硬直状態に陥っていたルイを見つけたのはそれからしばらく経ったころだった。虫嫌いならさっさと白状すればよかったのに、とあかりは思った。

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