第15話 女学院の評判をスクレイピングする

「…以上の方法で、私がWEBサイトのイタズラをやりました。サイエンス部の部費が削られたのが悔しかったちょうどその時に、それっぽいIDとパスワードが書かれたメモ書きが、たまたま職員室前の廊下に落ちていたのを見つけて…まさか本当にWEBサイトの管理画面にログインできると思っていなかったけど、本当にログインできて驚いたのとざまあみろという気持ちで、つい…校長先生の写真にイタズラをしてしまいました…」


校長室に自ら出頭したサイエンス部部長・伊東チエは、うなだれながら、先生たちの前で真相を告白した。


「…アタシは、サイエンス部が廃部になるのは嫌なんです。なぜなら、先輩から綿々と受け継いできた『くすのき市昆虫図鑑』の歴史が、消えてなくなってしまうからです。採集した昆虫は1000以上、その中から同定できた240種。それを私は守りたい。邪魔をしようとする人は、大人だろうが許せないんです!」


チエの言葉に力が入る。その時、


「ちょっと待ってください、校長先生!」


ガラガラっと校長室の扉が開かれ、あかりを先頭に、プログラミング部部員たちが入ってきた。


「もちろんイタズラ自体は許されることではありませんが、その動機は、伊東チエさんがサイエンス部の予算のことで悩んでいたからです。

校長先生。女子生徒に人気のないマイナー部活の予算を削るのはやめてください。マイナー部活の存在は女学院にとってメリットなんです。私たちプログラミング部が行ったリサーチの結果をごらんください!」


ルイとしのぶが、持ってきたPCの画面を校長室のプロジェクターに映し出した。

有名な学校評判サイト「学校どっとこむ」の画面だ。


東京都内の高校ランキングで、くすのき女学院は偏差値57とパッとしないため、27位と表示されている。


「まずは、レビューの一部をごらんください」


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「文武両道をモットーに部活動がとても盛んなことで有名なくすのき女学院、通称『くす女』ですが、特筆すべきはいろいろな部活の種類が豊富なことだと思います。全国強豪校として有名なチアリーディング部や女子バレーボール部、ESSなどももちろんですが、囲碁部や科学部、茶道部など地味な子にも居場所が用意されているのがいいところ」


「部室棟は設備が古いもののとても大きく、どんな小さな部活の子にも居場所があります。最近チア部など有力部活のOGの寄付により新部室棟ができましたが、どんな部活にも平等に使われることを希望します」


「くす女は制服も可愛くてモテ系女子が多いように見えますが意外とオタク多いです。底辺でも生き残ってて地味に結果だしてる部活もありそういう子たちが国公立の手堅い大学に進学して進学実績を支えているのではないでしょうか」


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「このように、多様な部活があることが女学院の魅力の1つであることが明らかです。

 これらの口コミはあくまで一例に過ぎません。さらに調査を行うため、私たちはこの5年間に投稿されたくすのき女学院への口コミ239件の言語分析を行いました。

私たちが行ったのは、ネット上のテキストの分析を行う、いわゆるテキストマイニングです。機械学習ライブラリを用いて行うので、そんなに難しくはありません。

文章を単語レベルに整理し品詞・単語分解、単語の傾向を把握し可視化したものがこちらの画像になります」


示された画像には、いろいろな単語が並んだ画像だ。一つ一つの単語の大きさが異なるのは、大きいものほど重要度の高い単語ということだろう。

「くす女」「モテ系」「制服」「かわいい」「チア部」「部活」などといった単語の中に、「囲碁部」「茶道部」「科学部」など様々な小規模部活の名前がたくさん並んでいるのがわかる。


「遅れちまったぜ、失礼!」


続けて、プログラミング部の顧問・玉木先生も入ってきた。


「校長先生。ホントの問題は、WEBサイトの管理体制にあるんじゃないですかねえ? パスワードを書いたメモ書きが廊下に落ちてるなんて、大問題ですよ。しかも生徒の指導や授業準備で日々忙しい古文の相田先生にサイトの更新という雑務を押し付けている。これは学校の管理体制に問題があるとしか言いようがないんじゃないでしょうかねえ」


「そ、それは…ぐ、ぐぬぬッ…」


校長先生が反論できないかのように唸り声をあげる。


「み、みんな…」


チエがプログラミング部の方を、驚いたような目で見ていた。



 ※


プログラミング部と玉木先生による説得で、チエの処遇はお咎めなしということになった。学校のウェブサイト管理体制が一番の問題であると厳しく問題視され、改善されていくことになった。


「あんな恣意的なデータで校長を丸め込むとは、あかりもなかなかやるな」


プログラミング部の部室で、チエがパソコンをカタカタと高速タイピングしながらボソリと呟いた。『くすのき市昆虫図鑑』のオンライン化を進めたいと、サイエンス部と兼部で入部することになったのだ。


「チエちゃん…なんかルイちゃんみたいなこと言うよね…」


チエという強力な新入部員が現れて、ルイがこれからどんな面白い反応を見せるのかと思うと、あかりはちょっとこれからの人間関係が不安なような楽しみなような気分だ。


「おい、これ今日の女学院新聞だ。…なんだこの見出しは?」


そう思っているうちにルイも部室に現れた。ルイが部室に持ってきたのは、新聞部が毎月発行している「くすのき女学院新聞」である。1面にはデカデカと気になる文字が踊っていた。


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【独自調査】問われる多様性 マイナー部活の存在意義を問う

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「この記事の内容…ほとんど私が校長室でしたプレゼンと同じだ…」


「な~にが【独自調査】よ!これ全部、私たちプログラミング部のリサーチの成果じゃんっ!?」


一読するやいなや、怒ったしのぶが新聞をグチャグチャに丸めてしまう。


「完全に、新聞部のミチルに手柄を横取りされたな…」


「まあ…犯人のサイエンス部のチエちゃんはほぼお咎めなしで、プログラミング部の濡れ衣も晴れたし。ここは円満解決ってことで、いいんじゃないかなあ?」


あかりが楽天的に笑った。


プログラミング部は良いリサーチをすると味を占めた新聞部のミチルは、今後も『くすのき女学院新聞』のスクープのネタ探しに、プログラミング部の部室に出入りするのであった…。


第二章おわり

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