第13話 底辺部活② サイエンス部の場合
次の日、調査に向かったのはサイエンス部だ。サイエンス部には部室もあるが、ふだんは、理科室で活動しているようだった。
あかりが理科室のドアを開けると、
「誰だッ!!勝手にドアを開けるんじゃねェッ!」
ドアを開けたところから、ブーンと一匹の虫が逃げていった。
「ギヤぁアアッ!!」
虫が大の苦手なあかりが奇声をあげる。
「アーッ! まだ同定が終わっていないオレのゴウゾクグソクムシ(仮)が逃げたじゃねぇかーっ!!」
自分のことをオレと呼ぶ、ショートカットで小柄な女の子があかりに詰め寄ってきた。サイエンス部の部長・チエだ。
「あなたの虫なの?ご、ごめんなさい」
「おい、どうしてくれる!! テメー、オレが何時間公園に潜伏してあの標本を見つけたと思ってんだ? 今からくすのき南公園に行って、アレの代わりを取ってこーい!!」
「えーっ、なんでわたしが!?」
「まあまあ、部長落ち着いて。あなた方、4時からくる連絡をしてくれたプログラミング部の方ですか?ぜひこちらへどうぞ」
部長とは違って穏やかで上品そうな副部長がチエをなだめながら、あかりとルイを部屋の中まで案内した。
「部長、最近必死で余裕ないんですよ…ごめんなさいね。ゴウゾクグソクムシは、また公園行ってきますから…」
「なんか、すごく大きい冷蔵庫があるんですね」
あかりが理科室の奥にある大きな冷蔵庫を見て言った。理科室は、ふだんの化学や物理の授業でも行く場所だが、奥の部屋の扉が開いているのを見たのは初めてだった。
「あのなか、今ほとんど虫です」
「ヒッ…」
あかりは寒気を感じ、ふるえあがる。
「まだ同定されていない虫たちが数十種類、保管されているんです、そこに」
「ドウテイ?」
「ああ、失礼しました。同定とは、種類を決めることです。
私たちの最近の活動は、くすのき市の昆虫採集なんです。公園や川沿い、校内の中庭など、複数の採集地点で定期的に採集を行なっているんです」
副部長が部屋の隅の本棚を指さした。本棚には、アリの図鑑、カメムシの図鑑、ガの図鑑……色々な図鑑が取り揃えられている。
「ああいった昆虫図鑑を持って行って、現地で同定できたものは写真を撮って記録を残して、その場で逃がす。わからないものは持ち帰って理科室の冷蔵庫に保管し、後からひとつずつ調べているんです」
「なるほどな。そのデータは、どうやって管理してるんだ?」
それまで黙っていたルイが口を挟んだ。
「種類が特定できた昆虫は、見つけた場所の地図、昆虫の写真、特徴などのコメントをつけて用紙に記録しています。昆虫一覧データはエクセルを使っています」
昆虫のデータの保存方法などは、プログラミングが何か役立ちそうだな、とあかりが思っていると、
「フッフッフ…ハハッ…ハーッハッハッハッハッ!」
急に部長が笑い始め、独り言のようにしゃべりはじめた。
目がイッている感じだ。
「その集大成が…先輩から後輩へ受け継がれてきたサイエンス部伝統の『くすのき市昆虫図鑑』だッ…!!」
部長が、分厚い冊子を取り出してあかりたちの前に取り出した。部長の目は完全にイッてしまっている。パラパラとめくると、何十種類もの昆虫のデータがスケッチとともに詳細に記録されている。すごい図鑑だ。
「すみません、とつぜん部長が。部長、この図鑑の完成に血道を上げてるんで、この話になると狂ってしまうんです。これ、東京都の自然観察コンクールでも入賞したことのある図鑑なんです」
副部長が笑顔でつけたした。
「でも…この図鑑は完成しないかもしれません」
「どうして?」
「サイエンス部、最近予算カットされてて、なくなるっていう噂もあるんです。予算がなくても、部活がなくなってもみんなで図鑑の完成はできるって顧問の先生は言うんですけど、部に後輩が入ってこないわけだし、なによりスケッチ担当やデータ担当とか、みんなの得意分野で手分けして図鑑を作ってきたこの場所がなくなるのは…みんなやる気がなくなってしまいます」
「そんな…」
あかりとルイが顔を見合わせた。この部活、予算カットで困っている。
「おい、テメーら、わかったか。同情したか。このサイエンス部の厳しい現状が」
チエが口を開いた。
「なら、おまえがさっき逃したゴウゾクグソクムシの捕獲、手伝ってくれるよな?」
「えっと、それとこれとは別の話では…」
あかりが苦笑いし、ルイが目をそらした。
※
「というわけで今週末に昆虫採集に行くことになりました…」
すべての部活の調査を終え、プログラミング部部室であかりがそう報告すると、部屋中にドン引きの空気が流れた。
「お人好しだな。くだらん」
ルイがパソコンをカタカタさせながら冷たく言う。
「でもさあ、ルイちゃんもあの場に一緒にいたじゃん?」
「虫を逃したのはお前の責任だろ。お前が行けよ。アタシは行かない」
「どの部活も怪しい感じはしたけど、やっぱり将棋ソフト開発に興味あるって言ってた子があやしいんじゃないかな?」
「いや、やっぱりいちばん部に思い入れがありそうだったのは、サイエンス部の部長だったから、やっぱりアイツがあやしいんじゃないか?」
「アー、思い出した!」
さきほどから首をウンウン唸って悩んでいたしのぶが声を上げた。
「伊東チエって、中2のとき、プログラミング部に仮入部に来た子だ!でも結局、入らなかったんだ」
「じゃあ、チエちゃんは少なくともやはりプログラミングに興味ある子というわけで、学校ウェブサイトのCMSにログインできるぐらいはITリテラシーがあるってことだよね」
「あやしいな。あかり、虫取りついでに白状させろ」
「どどど、どうやって…」
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