第2話 「軍事系3Dモデラ―」の女の子


「じゃあこれが、仮の入部届だから。よろしくねー」


翌日の放課後。クッキングクラブの部室で体験入部を楽しんだ後、あかりが向かったのはプログラミング部の部室だった。

あの不良の子がパソコン室で落としていったお菓子を届けるためだった。

キャンパスのはずれにある部室棟は二階建てになっているが、案内板を見ても、どこにもプログラミング部の名前はない。


どうやら、あまり人気がないプログラミング部の部室は、部室棟の一番はずれ、底冷えする半地下にあるようだった。

ボロボロのドアを開くと、どこからともなく、軍歌のようなあやしげな三拍子の音楽と、カタカタという高速タイピング音が聞こえてくる。


部室の中は、古いコンピューターと、あやしげな機械が所狭しと並んでいて、足の踏み場もないほどグチャグチャだった。


「あのー、すみません…」


あかりは恐る恐る、タイピングの音が聞こえる方へ向かって声を出した。

きっと、あの不良の女の子だろう。

怖いけど、忘れ物のキャンディを返してあげたかった。


「ヒッヒッヒ…ここをこうして、こうすれば…」


女の子はすさまじい集中力でパソコンを見ている。

正直かなりイッてる感じの目つきだ。


「こんにちは!」


「ヒエッ!?」


よほど集中していたのだろう。その女の子がこちらを見るなり奇声をあげたので、あかりもびっくりして大きな声をあげた。


「早乙女さん…?!、じゃ、ないね…」


予想とちがって、その女の子は、あの不良ではなかった。

小さくて丸っこい体つきにおかっぱ頭。ちょっと悪いけど、座敷わらしみたいなオタクっぽい女の子だ。探しているあの早乙女さんとは、真逆の見た目をしている。

女の子が先程から見つめている画面も黒い。

そこに映し出されているのは銃やら武器のようなものだ。

ちょっと怖い。


「ヒッ!? あんた、誰?!」


「星野あかりと言います。高等部からの編入生です。あの…何してるんですか?」


 どうやら、今まで画面でやっていたことに集中しすぎていて、現実の世界に戻るのにしばらくの時間がかかるようだった。


「これ?…よくぞきいてくれましたヒッヒッヒ…これは旧ソ連軍のアサルトライフルであの有名なAK-47・AKMとは外見が似ているんだけど使用弾薬が大きく違っていて5.45x39mm弾を使用する特徴がありそのためjファskfじゃlkfjkl」


「はあ、なんですか?それ」


推察すると、どうやら軍事系のことが好きみたいだ。しばらくおかしい目つきで謎の軍事用語を駆使した説明をしていたが、ようやく、普通の女の子に戻った。


「ハッ!いけない…ゴホン!

私は、プログラミング部の高等部2年、花澤しのぶ。

今やってるのは、3Dモデルの制作…銃器のモデリングをやってる。これをUnityっていうゲームエンジンで動かしてゲームを作ったりしてるってわけ。

これでも、自分で作ったモデルをネットで売ったりして界隈では有名なんだけどね。

ところで、何しに来たの?」


「今日は、早乙女さんはいますか?」


「早乙女ルイ?今日はいないよ」


「情報の授業で隣の席だったんだけど、これを忘れていってたから。

忘れ物です。渡しておいてもらえますか?」


あかりはその女子生徒にロリポップを手渡した。


「…あんた、高等部からの新入生?」


「そうですけど」


「幽霊でいいから、うちの部に入ってくれないかな?」


「プログラミング部のこと?」


問答を繰り返していると、ふと、物陰のむこうから男性が現れた。

数学教諭の玉木先生である。プログラミング部の顧問だとは、知らなかった。


「もしかして、きみは入部希望者!?ついに来てくれたか、このときが!

ささ、この入部希望届にサインしてくれたまえ」


「どういうことですか?」


「プログラミング部は部員が少ないうえに、この3月で2人も卒業してしまってね。

今いるのはこの花澤しのぶさんと、早乙女ルイさんの2名だけなんだ。

あと1人部員がいないと、この部はすぐにも廃部届を出さなくてはいけない」


あかりは少し困った顔をした。

助けてあげたいけど、もうクッキングクラブに入ると決めているのだ。


「役に立てなくて、ごめんなさい。私、他の部にもう仮入部してしまったんです。

私の友達で興味がある人がいたら、必ず紹介します」


「はは、まあ、そうだよね。

あんたみたいな素直でかわいい女子が、こんな最底辺の部活に入るハズがないよね」


「これ、早乙女さんへのお礼です。情報の授業でプログラミング、教えてくれたんです。ぜひみなさんで食べてください」


あかりは自作のマドレーヌつめあわせを、ガジェットが積み上がる部室の机の上に置いた。奇妙な機械やガジェットばかりの部室の中で、ピンクの包み紙のマドレーヌは妙に浮いている。


「へえ、教えてくれた? ルイにしちゃ珍しいことするね。あんた、気に入られたんじゃないの」


「えっ」


あかりは赤面した。


「確か『情報Ⅰ』の授業ってさ、国が決めたIT人材の育成を目的に今年から始まったプログラミングの科目でしょ?ルイ、興味ないフリしてどんなことを授業でやるか気になって仕方なくて、見に行ったんじゃないかな?」


なるほどそうだったのか、だからあんなに親切だったのかな。


「たぶん私がモタモタしてたから、イライラしてつい話しかけてくれたんだと思います。それじゃ、さよなら」


プログラミング部、か。

あの不思議な同級生が、なんだか気になる存在だった。来週、授業にいるといいけど。

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