第137話:オミッドとダンデール
「誰かと思えばウィルキンソン卿か」
オミッドに気付いたダンデールが憎しみに顔を歪める。
「言っておくが迷惑をしているのはこちらの方だぞ。貴殿も主催者ならばもう少し参加者の選別に気をつけることだ。山犬を連れてくるようでは鎮神祭のパーティーの格が落ちるというものだ」
「誰が山犬だと!」
キールが眉を吊り上げて叫ぶ。
「吾輩に落ち度があったとすればそれは貴殿を招待客に加えたことだ」
しかしオミッドも頑として譲ろうとしない。
「貴殿はいつもそうだ。誰構わずトラブルを引き起こしては素知らぬ顔をするばかり。ダンドーラ卿、貴殿はこの場に、いや我らアロガス王国には相応しくない存在だ。今すぐここを出ていきたまえ!」
毅然とした態度で出口を指差すオミッド。
「貴様……あの小娘だけでなく貴様まで儂を愚弄するか!」
ダンデールも一歩も引く気はないようだ。
両者は憎々しげに睨み合いを続けている。
「あの2人は仲が悪いんですか?」
「仲が悪いどころではないですな。不俱戴天の仇が生き物の形をとったのがあの2人と言われてるくらいですぞ」
レミンダはため息とともに肩をすくめた。
「元々我ら魔族と人族は折り合いが悪いのですがあの2人の仲は度を超えておりましてな。お互いに私兵を雇っては小競り合いを繰り返す始末なのです。おかげで近頃この辺の治安は悪くなる一方で」
「そこまでですか……」
ルークは嘆息した。
イアナットの街に兵士が多かったのもこの2人がこじれているからなのだろう。
「さっさと魔界に帰りたまえ!貴様と同じ空気を吸っているだけで気分が悪くなる!」
「誰が貴様の指図など受けるか!儂は招待客だぞ!好きなだけここにいる権利がある!」
「吾輩は主催者だ!」
「それがどうした!」
そうこうしているうちにオミッドとダンデールは今にも掴みあいになりそうなくらい白熱していた。
「これはちょっと不味いんじゃ……」
ルークが止めようと前に出かけた時、大広間に固い金属音が響き渡った。
広間が一瞬にして沈黙に包まれる。
決して大きくないその音は、それでも周囲の者たちが黙らざるを得ないような断固たる響きを持っていた。
静まり返る大広間の中をコツコツと金属音が近づいてくる。
それは杖を手にした1人の魔族だった。
赤い肌で禿頭には4本の角を持ち、意志の固そうな眼窩の奥に金色の光彩が輝いている。
全身から発する圧倒的なオーラは近くの者が一歩退くほどだ。
その魔族は毅然とした歩みでオミッドとダンデールへ近づいていく。
「あの方は……?」
「あ……あの方は……」
レミンダが青ざめた顔で呟く。
謎の魔族の登場に狼狽していたのはレミンダだけではなかった。
「バーランジー様!」
ダンデールが引きつったような甲高い声をあげる。
そしてそれはオミッドも同じだった。
「バ、バーランジー卿、来ておられたのですか。それならばそうと言っていただければ……」
その名前を聞いてルークは微かに眉を持ち上げる。
「バーランジー?ということは……」
レミンダが重々しく頷く。
「そう、あの御方こそが我らが住まうバーランジー領領主なのですよ」
「あの方が……」
ルークは改めてバーランジーの方を見た。
実際に会うのは初めてだったがその名は何度も聞いたことがある。
バルバッサ・バーランジー、アロガス王国と最も縁が深い魔族と言っていい存在だ。
かつてはアロガス王国軍と剣を交えたこともあると聞くが、今では領主として王国にとってなくてはならない交易相手となっている。
それはオミッドのへりくだる態度からも一目瞭然だ。
しかしバルバッサは同時に極度の人間嫌いとしても知られている。
現にオミッドに対するバルバッサの態度はとても対等な相手をしているとは思えないほどだ。
バルバッサが冷たい目つきでオミッドを見つめる。
対するオミッドはまるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。
「つまり貴殿は黙って入ってきた私に責があると?来訪した客を出迎えることなく醜い争いに興じるのが人族のもてなし方だと、そう言いたいのかね」
「そ、それは……」
「所詮は人族の主催するパーティー、このような無作法があるだろうことは覚悟していた。領主としての責務でなければ来ることはなかっただろう」
「ハ、ハハ……バーランジー卿、相変わらず冗談がお厳しいですな……」
「余は冗談を言ったことがない」
「……」
オミッドはバーランジーを前に完全に黙りこくってしまった。
沈黙するオミッドを冷たく一瞥するとバルバッサはダンデールの方を向いた。
「ダンデール、寛容さを見せることも魔界貴族のたしなみだぞ。貴様も爵位を持つ者ならばそれにふさわしい行動を取るのだ」
「し……しかしですな……あの小娘が……」
「ダンデール、余は寛容さを見せろと言ったぞ」
「……!」
突き放すようなバルバッサにダンデールが言葉を詰まらせる。
「それでは義務も果たした、余はこれで退席させてもらおう。この程度のパーティーならば余がいる必要もあるまい」
言うだけ言うとバルバッサは踵を返した。
海が割れるように人の輪の中に道ができる。
バルバッサはその真ん中を悠々と歩いていく。
それはまるでこの場で己よりも上の存在はいないと確信しているかのような歩みだった。
そのバルバッサの歩みが突然止まった。
微かに傾けたその視線は……ルークに注がれていた。
「貴様……初めて見る顔だな。名は何という」
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