第138話:バルバッサ・バーランジー

「お会いできて光栄に存じます。私はアロガス王国ナレッジ伯爵ルーク・サーベリーと申します。以後お見知りおきをお願い申し上げます」


 ルークは右手を胸に当てながら深々とお辞儀をした。


 しかしバルバッサの冷ややかな態度は変わらない。


「ふん、ならば貴様がフローラ殿の代理できたという若造か。こんなどこの者とも知れぬ輩をよこすだけとは、我々もずいぶんと舐められたものだな」


 バルバッサは面白くなさそうにルークを見下ろすとその後ろにいるアルマをじろりと眺めた。


 アルマが慌ててスカートの裾をつまんで頭を下げる。


「わ、私はランパート辺境伯の娘、アルマ・バスティーユでございます。バーランジー卿におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます」


 アルマの言葉にバルバッサが微かにまなじりを上げた。


「ランパート辺境伯の一人娘か。ならばどこぞの馬の骨というわけでもないようだな」


 バルバッサはそう呟くと再び足を前に進めた。


「貴様らはフローラ殿の代理できたのであろう、ならば再びまみえることはないであろうよ」


 それだけ言うと今度は振り返ることなく大広間を去っていった。


「ふう」


 バルバッサが去っていったのを確認してルークは軽く息をついた。


 魔界の領土を統治しているだけあって空気が圧迫されるような迫力だった。


 そう感じていたのはルークだけではないらしく、大広間全体が一種の安堵のような雰囲気に包まれている。


「き、緊張したあ~」


 横ではルークのスーツの裾を掴みながらアルマが大きく息をついている。


「わ、私、大丈夫だった?失礼なことしてないよね?」


「大丈夫だったと思……思いたいね。なにせ初対面だから怒らせたのかどうかもわからないけど」


 ルークはバルバッサの消えていった出口を見ながら呟いた。


 不愛想ではあったが怒りは感じられなかった、とするとあれが素ということなのだろうか。


 バーランジー領はアロガス王国と一番交易が盛んな魔界領と聞くが、領主があれほど頑なで大丈夫なのだろうかと心配せずにはいられないルークだった。



「いやはや、格好悪いところをお見せしてしまいましたな」


 そこへ汗を拭きながらオミッドがやってきた。


「あれが魔界のバーランジー領領主、バーランジー伯爵ですよ。厳格なうえに大の人間嫌いと来ておりましてな。南方領土サウザンテリトリー監督官としてあの男にはほとほと手を焼いておるのです」


 先ほどのへりくだった態度はどこへやら、オミッドはペラペラとバーランジーへの不満をぶちまけ始めた。


「彼は何と言いますか、その、魔族至上主義者とでも言うのですかな、我々人族を下に見ておるのです。しかし我々との取引がなければ領地の維持も難しい。その事実を自己完結できずに溜まった鬱憤をああやって我々で晴らしているのです。全く困った方ですよ」


 オミッドは芝居がかった仕草で頭を振りながら額に手を当てる。


「はあ」


「ともあれ彼は退出したしあのいまいましいダンデールも消えました。ようやくパーティーも本番と言ったところですな」


 オミッドは肩の荷が下りたと言わんばかりに晴れ晴れとした笑顔を見せている。


「そう言えばウィルキンソン卿はダンドーラ卿とあまり仲がよろしくないのですね」


「どうぞオミッドとお呼びくださいませ。親しい友人は皆そう呼んでおりますので。いやまったく彼奴にも困ったものですよ」


 オミッドは再び大げさな手振りで額を押さえた。


「あ奴はとんでもない悪党でしてな。バーランジー卿が商売に疎いことをいいことに非合法な手段で私腹を肥やしておるのです。しかも奴は不当に貯えた金で私兵を雇って我が領土を切り取ろうとすらしておるのです」


 オミッドは懐からハンカチを取り出すと目頭を押さえた。


「この辺りの山賊、海賊はみな奴の息がかかっているとも言われております。賊共の手に掛かった我が領民は百や二百では効きませぬ。吾輩も彼奴に対抗するために兵を集めねばならず、領庫は常に火の車なのです」


「そうなんですか……それであんなに兵士が……」


 通りで見かけた兵士たちにはおそらくオミッドの私兵も含まれているのだろう。


 それにしてもまるで戦争でも起きるかのような兵士の数だった。


 オミッドが唐突にルークの手を掴んできた。


「王家にも再三賊共と裏にいるダンドーラの排除を要望しておるのですが、これが風に向かって叫んでいるようなものでして……ルーク殿、いやここは敢えて友人としてルークと呼ばせてください。貴方はフローラ様と懇意だと聞いております。どうか魔界対策のために支援していただけるよう貴方からも言っていただけないでしょうか」


「そ、それは……」


 流石のルークもこれには言葉を詰まらせるしかなかった。


 イアムがそのような状況に陥っているなど初めて知ったのだ、いきなりフローラに支援要請をしてくれと言われてもどう返していいのかすらわからない。


 逡巡するルークをよそにオミッドは涙ながらに訴え続けていた。


「お願いします!奴らはこの地の魔石鉱山を武力で占拠しようと企んでいるのです。そうなってしまっては南方領土サウザンテリトリーは干上がってしまいます。これはもはや国難なのです!」


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