第136話:パーティーの騒動

 驚いた2人が目を向けると遠巻きに囲む人の輪の中心に2つの姿が見えた。


 黒髪に褐色の肌をした人族の娘が凄い剣幕で怒鳴っている。


 頬と肩部分に特徴的なタトゥーを入れ、簡素なドレスに身を包んでいる。


「しつこいんだよ!魔界では引くってことを教わらないのかよ!」


 娘と対峙しているのは赤い肌に山羊の角を生やした魔族だ。


 太鼓腹を押し込んだそのスーツは金糸銀糸をふんだんに使っており、それだけでかなりの有力者であることがうかがえる。


 その魔族は娘の剣幕にも動じず、口髭を指で弄びながらむしろせせら笑うような笑みを浮かべていた。


「相変わらず気の強い娘だ。そこがまたそそるのだがな」


 いやらしい笑みを浮かべながら娘の顎を指で持ち上げる。


「触るな!汚らわしい!」


 娘はその手を強く払いのけた。


「貴様っ!」


 魔族がいきなり娘を張り飛ばした。


 その眼は怒りで赤く染まり、額に浮き上がった血管がメロンの表皮のような模様を描いている。


「小汚い島娘如きがこのダンデール・ダンドーラを舐めるか!」


 頬を張り飛ばされた娘はそれでも怒りのこもった眼でダンデールと名乗った魔族を睨みつけている。


 それがダンデールの怒りに火を注いだようだ。


「田舎者が調子に乗りおって!いいかキール、貴様ら島の混じり物は我々が生かしてやっているんだぞ!我々が援助してやらねば貴様らなどとうに魚の餌になっているのだ!そのことをわきまえるがいい!」


 人目もはばからず娘に向かって悪態を浴びせかける。


 しかしキールと呼ばれた娘も引き下がる様子はない。


 それどころかダンデールに向かって猛然と反撃を開始し始めた。


「ふざけんじゃないよ!誰があんたらの世話になんかなってるもんか!むしろあたしたちに食わせてもらってるのはあんたら強欲商人どもじゃないか!その服だってあたしらの島で採れた魔石で買ってんだろ!」


「貴様ぁ……」


「だいたい貴族様だかなんだか知らないけどね!あたしにとっちゃあんたはただの商売相手なんだよ!魔石ならいくらでも売ってやるけどそれであたしをどうこうできると思ってんなら自惚うぬぼれるのもいい加減にするんだね!あんたなんざ金貨100枚貰ってもお断りだよ!」


 キールの啖呵にそこかしこから小さく吹き出す音が聞こえてきた。


 小声でダンデールを嘲る声が人々の間に広がっていく。


「ククッ、所詮貴族といっても魔人ではあの程度が関の山だね」


「田舎娘にあそこまで言われるとは、私なら恥ずかしさで死んでしまうだろうよ」


「ダンデール卿にも困ったものだ。あれでは魔界貴族の面汚しだ」


 ダンデールの怒りは頂点に達し、頭から湯気が立ち上って来そうな勢いだ。


「この……」


 キールに向かって猛禽類のような爪が生えた手を振り上げる。


 身構えるキールだったが大人と子供ほどの対格差があってはとても防ぎきれるものではない。


 誰もが跳ね飛ばされるキールの姿を覚悟していたがダンデールの手は振り下ろさせる寸前で何者かによって止められた。


「その辺にしてはいかがでしょう」


 止めたのはルークだった。


「今日はこの地域を救った女神を讃える祝日だと聞いています。ならば諍いをせずにみなで楽しんだ方が良いのでは」


「黙れ!」


 ダンデールは興奮冷めやらぬ目つきでルークを睨みつけると乱暴に振り払った。


「なんだ貴様は!事情も分からぬ小僧が横からしゃしゃり……」


 しかしその言葉はルークの姿を改めるにつれ徐々に勢いを失っていく。



「ま、まさか……きさ……貴殿は……アロガス王国の者……であるか」


「いかにもその通りです。ナレッジ伯爵ルーク・サーベリーと申します。お見知りおきを」


 ルークは深々と一礼した。


 その顔を見るダンデールの顔に脂汗が浮かんでいる。



「そ、そうだな……ほ、本来であればとても許せるものではないのだが、他ならぬアロガス王国貴族である貴殿の頼みだ、聞かぬわけにもいくまい」


 精一杯の強がりを言いながらダンデールは胸をふんぞり返らせるとキールを睨みつけた。


「おい小娘、今日のところはこの方に免じて許してやる。しかし今後儂の顔を潰すような真似は許さんからな。わかったか!」


 キールはダンデールの方を睨みつけてはいたがじっと黙っていた。


 流石にここで暴れるのは義理が立たないと判断したらしい。


 そんなキールの姿を見て多少は留飲を下げたのかダンデールは鼻息を鳴らすとルークの方に振り返った。


「儂の名はダンデール・ダンドーラ、バーランジー領小貴族である。今回は貴殿の顔を立てて引き下がるのだと忘れないでいただきたいものですな」


「ありがとうございます」


 ルークは頭を下げた。


 なにはともあれこの騒動はこれで落ち着きそうだ。


 そう胸を撫でおろしかけた時、荒々しく鳴る靴の音が近づいてきた。


「ダンドーラ卿、またあなたか!」


 大広間に響き渡るほどの声を張り上げたのはこのパーティーの主催、オミッド・ウィルキンソンその人だった。


 人混みを押し分けながらダンデールの前に立つと胸を突き出して睨みつける。


「吾輩のパーティーで騒ぎを起こすのはいい加減にしてもらおう!あなたのような方がいては皆が迷惑だ!今すぐ立ち去ってくれ!」

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