第135話:鎮神祭

 碧蒼宮へきそうきゅうのパーティーはまさにたけなわを迎えようとしていた。


 その中心にいるのはもちろんルークとアルマだ。


 その中には明らかに魔族とわかる者も少なくなかった。


「アルマ様は肌もお奇麗なのですね。一体どんな化粧品をお使いになっているんですの?是非教えていただきたいわ」


「は、はあ……あの……石鹸を少々」


 しきりに誉めそやす青い肌の魔族にアルマがぎこちない愛想笑いを返している。



「貴君がナレッジ卿か。貴君の噂は魔界にも響いておりますぞ。なんでも神獣ベヒーモスを退けたとか。人の身でありながらそのようなことができるとは、是非ともお話を聞かせていただきたいですな」


 金属質の鱗を煌めかせた竜人族ドラゴニュートが興味を隠しきれないように話しかけてくる。


 2人を囲む輪は途切れる様子がなかった。


「そ、それにしても噂には聞いていましたが本当に魔族の方が多いんですね。驚きました」


 ルークが驚きの吐息を漏らす。


 セントアロガスにも魔族がいないことはないが、それでも見た記憶は数えるほどしかない。


 しかしこの大広間に集まった百名ほどのパーティー客の約半数は魔族だ。


 これほどの数の魔族を見るのはルークも初めてだった。


「イアナットはバーランジーと目と鼻の先にありますからな。走竜を使えば半日ほどで着ける距離ですぞ」


 先ほどの竜人族ドラゴニュート ― 名はレミンダ・ナランダというらしい ― がもっともらしく頷いく。


 イアナットとはイアム地方の領都でありここ碧蒼宮へきそうきゅうのある都市の名前だ。


 他方、バーランジーはイアムの隣にある魔界の領都、バーランジー領の領都だという。


「しかしこれほどとは思いませんでした。なんでも今日は魔界を含めこの近辺の祝日だそうですね。どのような祝日なのですか?」


「よくぞ聞いてくれた!」


 レミンダは嬉しそうに巨大なあぎとを大きく開けるとグラスの酒を一息に飲み干した。


「今日は年に一度の鎮神祭、この地を恐怖に陥れた恐るべき神獣を鎮めたと言われる女神を讃える日なのですよ」


 酒に酔って瞬膜をしきりにしばたたかせながらレミンダが話を続ける。


「今からおよそ2000年前、この地で2体の神獣が戦いを繰り広げたと言われております。その戦いは凄まじく、山を穿ち海を割るほどだったと伝承は語っています。神獣の戦いは三月続き、この地に住む者は魔族であろうと人族であろうと等しく巻き込まれて命を奪われていったのです。もはや全滅するしかないと絶望していたその時、そこへ女神がおわしたのです!」


 レミンダが大げさな身振りで手を振り上げる。


「女神はわずか3日でその神獣を誅し、封印せしめました。それ以来この地はその女神を奉じ、この時期の3日はどれだけ諍いがあろうとも魔族人族の区別なく祝うようになったのです。それ故に我々も毎年持ち回りでパーティーを開いておるのですよ。今年はオミッド卿が主催というわけです」


「そんな謂れがあったのですか」


 ルークは嘆息しながら会場を見渡した。


 アルフレッドは魔族とは緊張状態にあると言っていたが、このパーティー会場を見れば信じられないくらいだ。


 それでもよくよく観察してみれば人族と魔族が牽制しあっている様子が見て取れた。


 今まさにルークの視界の端では人族と魔族の貴族と思しき2人が会話に花を咲かせているところだった。


「これはこれはオグジー殿、相変わらず洒脱ですなあ。これほどの余裕があるならば魔石取引で抱えた負債などすぐに返せそうですな」


「なんのなんの、アルデノルバ殿もどうして我ら人族の流行をしっかりと抑えているではないですか。5年前であれば淑女御婦人方が列をなしていましたぞ」


「……ハッハッハッハッハ」


「……ウワハハハハハハ」




「私などはパーティーに参加していると言ってもしがない商人ですからな。貴族連中の争いなどは商売の邪魔にしかならんのですよ」


 酒をあおりながらレミンダがぼやく。


「は、はあ……」


 ルークは曖昧な返事をするしかなかった。



「アルマ殿、貴方はまるで美の女神が作り上げた芸術品のようだ。一目見た時から私の眼を奪って放してくれない」


 アルマの名前に振り返るとそこには頭から牛の角を生やした魔族がその手を伸ばそうとしているところだった。


「おっと、あれはバーランジーきっての色男、ティンダー殿ではないか。あいも変わらず女漁りに精を出しているようですな」


 ティンダーという魔族は歯の浮くようなセリフを吐きながらアルマに迫っている。


 アルマが身を引こうとしてもお構いなしだ。


「漆黒の髪に雪花石膏アラバスターのような肌、これを芸術と言わずして何を言おうか。貴方の前ではエルフですらその身を恥じて森に隠れるに違いありません。どうかこの私めにあなたと踊る栄誉をお恵みになってはいただけませんか?」


 つらるらと甘い言葉を紡ぎながらアルマの手を取ろうと腕を伸ばす。


 しかしその手は空しく虚空を握るだけだった。


 何者かが直前にアルマの手を引いたのだ。


「すいません、この人は僕が先約しているんです」


 その主はルークだった。


 軽く会釈をするとアルマの腰に手を当てて人の輪の中から抜け出していく。


「ル、ルゥク~、来てくれて良かったぁ~。もう、どうしようかと」


 涙目になりながらもアルマが花のような笑顔をルークに向ける。


「ごめんごめん、ちょっと話が盛り上がっちゃって。でもこれでパーティーに出るという義理は果たしたわけだし、そろそろお暇しようか」


「賛成!もう疲れたよ。やっぱり私はこういう場は向かないな」


「僕もだよ」


 くるくると回りながら2人が出口の方へ向かっていこうとした時、食器の割れる甲高い音が広間に響き渡った。


 直後に怒りに満ちた声が轟く。


「いい加減にしろと言ってるだろ!」


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