第134話:パーティー

「パーティー?僕らが?」


「はい、オーブリー伯爵から是非にと」


 アルフレッドが髭をさすりながら話し始めた。


「ご存じの通りここイアムは魔界と接しているために常に緊張状態にあります。ありますが、同時に魔族との交易も活発に行われております」


 ルークもその話は聞いたことがあった。


 魔界と隣り合わせにあるアロガス王国の中でもイアムは特に魔界との交易が盛んな場所だという。


 魔界で採れる良質な魔石はアロガス王国にとっても重要な資源であり、王国内で使われる魔石の1割はここイアムで取引されていると言われている。


「それは貴族階級でも同じであります。そして明日、碧蒼宮へきそうきゅうにて魔界の貴族を招いてのパーティーが行われるそうなのです」


 アルフレッドが話を続けた。


「今日から3日はこの辺り一帯の祝日となっております。そして毎年この時期にイアムと魔界の貴族が集まってのパーティーが行われるのが通例となっているのです。いつもでしたら王族の者が出席なさるのですが……」


「なるほど、それで僕らというわけですか」


 アルフレッドが頷く。


「急な話で申し訳ありませんがご一考願えませぬでしょうか」


「僕の方は構わないですよ」


 ルークは肩をすくめた。


「お世話になっているのは僕の方ですから、その位はお安い御用です。アルマにもあとで聞いておきますよ」


「誠にありがとうございます。そう言っていただけると肩の荷が下りる思いです」


 アルフレッドは一礼すると去っていった。


「予想はしていたけど、本当にこういうことがあるんだなあ。これも貴族としての責務か……」


 ルークはため息と共に砂浜に寝転がった。


 フローラから提案があった時から貴族として公式の場に出ることもあるだろうという想像はついていた。


 アロガス王家にとっても魔界との一大交易地であるイアムは無下にできない存在だ。


 おそらく王族が毎年この時期にイアムに来ているのもこのパーティーに参加する意味合いが大きいのだろう。


「休暇の最中もこうして仕事があるんだから王族も楽なものじゃないよね」


「どうしたの?ため息なんかついちゃって」


 そこにアルマが帰ってきた。


 満足した瞳がキラキラと輝き、水に濡れた漆黒の髪が普段とは違う艶っぽさを放っている。


 水滴が一筋、深く切り込まれた胸元へ流れていく。


 思わずその姿に見とれていたルークは咳払いをすると先ほどアルフレッドから頼まれたことを説明するために口を開いた。


「あ……うん、実は明日の夜……」





    ◆





 碧蒼宮へきそうきゅうの大広間に人々のさざめきが満ちている。


 華美に着飾った貴族たちがそこかしこにかたまり、談笑に花を咲かせていた。


 南国だけあって着ている服はみな開放的で涼しげなものばかりだ。


 そんな貴族たちの会話が不意に止んだ。


 皆の視線が一点に注がれている。


 その先にあるのは……腕を組みながら大広間へ足を踏み入れたルークとアルマがいた。


「だ、大丈夫かしら……私、浮いてないかな?」


「大丈夫だって。よく似合っているよ」


 大輪の花を鮮やかに染め抜いた水色のドレスと白銀のアクセサリー、真っ白なサンダルがアルマを飾っている。


 漆黒の髪は高く結い上げられ、白銀のレースでまとめられていた。


 ルークが着ているのは麻を編んで作った純白のスーツだ。


 どれもアルフレッドがあつらえてくれたもので、測ったわけでもないのに2人にぴったりと合っている。


「それにしてもいつの間にこんなドレスを用意してくれたのかしら。昨日パーティーの話を聞いたばかりなのに」


「流石は王族専属の執事なだけはあるよね」


 大広間へ入っていく2人を人々のささやきが追いかけてくる。



「おい、誰なんだいあの凄い美女は」


「あれはランパート辺境伯の一人娘、アルマ・ランパートだよ。なんでもイアムに休暇に来ているんだとか」


「ここに来てるのは見ればわかるよ。それにしてもとんでもない美しさじゃないか。フローラ様が来られないとあって今年の鎮神祭は興ざめだと思っていたが、これはどうして、来て良かったじゃあないか」


「あれがアルマ様……こういう場には滅多に現れないといいますわ。この機会にお近づきになれないかしら」


「あなたのような下級貴族には無理ですわ。アルマ様はフローラ様とも懇意になされているのだとか。今だってここ碧蒼宮へきそうきゅうにお泊りになされていると言いますわ」



「うぅ……恥ずかしい……」


 人々の好奇と賞賛の眼を一身に集めるアルマは身を縮こませるように小さく震えた。


「やっぱり私のような粗野な者はこういう場所に向いてないんだ……」


「そんなことないよ。そのドレスだってアルマに凄く似合ってる。誰にも見せたくないくらいだよ」


 耳元で囁くルークにアルマの耳たぶが真っ赤になる。


「もう、からかわないで!」



 パーティーの視線はアルマだけでなくルークにも集まっていた。


「あれがナレッジ伯爵か……まだまだ若者じゃないか。私の息子の方が遥かに年上なんじゃないか?」


「なんでも叔父を追い落として伯爵の座を手に入れたのだとか」


「しかも王家にも太いパイプを持っているらしい。ああ見えてかなりやり手だという話だ。我々も彼と繋ぎを持っておいた方が良いかもしれぬぞ」




「ずいぶんな伝わりようだね」


 貴族たちの呟きにルークは苦笑を漏らした。


「ルークが追い落としたなんて、とんでもない誤解だわ!」


「まあまあ、事実だけ見たらそう取られても仕方ない部分もあるからね」


 貴族たちの呟きに憤慨したように唇を噛むアルマにルークは肩をすくめてみせる。


「さ、僕らはフローラ様の代理で来ているんだ。しっかりとその務めを果たすとしよう」


 2人は腕を組みながら人の輪の中へ足を踏み入れた。


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