第128話:会議の後

「そんなことになっていたんですか」


 ルークが嘆息する。


 自分の知らないところで別の思惑が動いていて、いつの間にか自分たちもその中にはめ込まれていたらしい。


 そしてそれとは別にルークも自分の思惑の下に行動していた。


 どこからどこまでがマティウスの計画でどこからどこまでがルーク自身の計画だったのか、事態はまるで絡み合った糸のように複雑を極めている。。


 マティウスがルークとアルマに深々と頭を下げた。


「御2人を利用してしまったことは私から謝罪いたします。本来であれば正式にお願いしたいところだったのですが事態が急速に変化して、それどころではなくなってしまったのです。全ては私の責任です。不快に思われましたらどんな罰でもお受けいたします」


「いえそんな、どうか頭を上げてください」


 ルークは慌てて手を振った。


「僕らもクラヴィのことはどうにかしたいと思ってたんです。むしろあなたのような方がいてくれて良かったです。僕らだけでは最後の詰めまではいけなかったわけですし」


「そう言っていただけると光栄です」


 事実この国にとってよそ者のルークには仮にクラヴィの犯罪を突き止めたとしてもどうすることもできなかった。


 ミランダという法執行機関の味方を得ることはできたが、それでも連中に法の裁きを受けさせるのは困難だっただろう。


 そういう意味ではマティウスの存在は僥倖ですらあった。


「それで、あの連中はこれからどうなるんですか?」


「クラヴィには水道局以外に幾つも汚職の疑惑があります。今回の裏帳簿以外に多数の証言もありますのでおそらくこの国にはもういられないでしょうね。評議委員だった以上投獄は難しいでしょうが国外追放は免れないでしょう」


 顎髭をさすりながらマティウスが答える。


「《蒼穹の鷹》に関しては獣人虐待の他にメルカポリス冒険者法違反、恐喝、暴行、違法賭博、脱税の嫌疑がかけられています。おそらくこの街で起こった幾つかの殺人事件にも関わっているはずです。もはや冒険者として活動することはないでしょうな」


「そうですか……」


 ルークは深くため息をついた。


 街の名士と勇者、栄耀栄華を極めた者たちのあまりにも寂しい幕切れだった。



「それでは我々はこれで失礼いたします。ここからが本当の仕事なものですから。あの4人には必ず報いを受けさせますよ」


「それではルーク、アルマ、また今度な!」


 マティウスとミランダはルークたちに敬礼をすると去っていった。



「……これで本当に終わった……のかな……」


 呆然としたようにアルマが呟く。


「きっとね……多分そうだと思うよ」


 あまりに事態が急だったために実感が持てないのはルークも同じだった。


「サ、サーベリー卿にバスティール様!」


 そこにやってきたのは議長だった。


「わ、わたくしはメルカポリス評議会議長のハラルト・フォン・ミュッケと申します。お2人様には大変失礼をいたしました!どうかお許しくださいませ!」


 汗を拭きながら平身低頭している。


「いえそんな謝られるようなことは」


「とんでもございません!アロガス王国の貴族様に対して非礼の数々、どれだけ謝ってもたりないくらいでございます」


 ルークが何を言っても聞き入れようとしない。


「参ったな……」



 困り果てていると地響きのような足音と共に評議委員たちが詰めかけてきた。


「サーベリー卿!お初にお目にかかります!私、メルカポリスにてレストランをを営んでおりますウルリッヒ・フラトーと申します!是非ともお見知りおきを!今夜の食事はもうお決まりですか?決まっていないのであれば是非とも当店へ!」


「私めは被服問屋をしております!お召し物をご所望の際は是非我がアルトマイン服飾卸へおいでくださいませ!」


「私の経営する宿はメルカポリスで一番と自負しております!是非とも我がホテル・ヴィルナーへご宿泊を!お代は結構ですから!」


「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに来られても……」


 慌てるルークだったが評議委員たちはどんどん目の前に名刺を積み上げ、売り込みをかけてくる。


「すいませんなルーク殿、いやサーベリー卿でしたか」


 そこへやってきたのはファルクスだった。


「この街の評議委員はみな本業が商人ですからな。商機と見ると歯止めが効かんのです」


「ファ、ファルクスさん、助けてください!これは僕らの手に余ります!」


「残念ながらそれは儂にも無理ですな」


 ファルクスは大げさに肩をすくめてみせた。


「メルカポリスの商人は他の商売の邪魔をしないのが暗黙の了解なのです。今ここで儂が出張るとそれを破ってしまうことになります。諦めて彼らの歓迎を受けてくだされ。でないとトイレまで押しかけられますぞ」


「そ、そんなあ~」


 ルークの嘆息は商人たちの世辞と宣伝の声に掻き消えていくのだった。





    ◆





 2週間後、クリート村で帰路の準備をしているルークたちの元へミランダがやってきた。


「もう帰ってしまうのだな」


「流石にこれ以上いると身体が持たなくなりそうだからね」


 苦笑しながらルークが答える。


 この2週間、ルークたちは商人たちから接待の名の下に文字通り王侯貴族の暮らしを強いられていた。


 どこに行くにも商人がついて回り、ある意味今まででもっとも行動を制限された日々だった。


「これ以上いたら取り返しがつかないくらい太っちゃうよ。ご馳走はしばらく見たくもない」


 アルマがぶるぶると体を震わせる。


 毎食毎食ご馳走続きだったルークたちは最終的に雑穀粥の夢を見るほどだった。



「それにこっちの件もあらかた片付いたしね」


 あれから2週間、メルカポリス史上最大の汚職事件とも言われた黒斑熱事件はおおよそ解決の形を迎えようとしていた。


 結局様々な証拠が挙がっているにもかかわらずクラヴィは頑としてそれを認めず、最終的に全ての地位を剥奪されたうえで全私財を没収されて国外追放となった。


 《蒼穹の鷹》の3人はクラヴィの汚職に加担し、更に様々な犯罪行為を行っていたことが明らかになり、冒険者の資格を没収されて裁判を待つ身となっている。


 おそらく監獄鉱山に送られるだろうと市井の人々の噂になっている。


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