第129話:別れ
「まだまだいてもいいのに」
「そうも言ってらんないよ。こっちも商売が待ってるんだから」
ミランダの言葉にナターリアと熱心に話し込んでいたシシリーが顔をあげた。
シシリーはナターリアとパートナーになって貿易をすることになっている。
クリート村で作られる魔獣避けの染料や染布を買い取ってアロガス王国で売り、アロガス王国産の瓶や農作物をメルカポリスに売るのだという。
黒斑熱事件が明るみになってからメルカポリスの獣人に対する見方は少しずつ変わっていた。
まだまだ獣人に対する嫌悪の視線は残っているものの、評議会も獣人差別の解決へ動き始めている。
それもこれもミランダやナターリアの働きかけがあってのことだった。
獣人たちが作る魔獣避けの効果が知られるようになれば彼らに対する印象は更に変わっていくことになるだろう。
「絶対にまた来てくださいね」
リアが涙を浮かべて近づいてきた。
リアとピットはナターリアの仕事を手伝うことになっている。
「もちろんだよ。絶対にまた来るからね」
ルークがリアの頭を優しく撫でる。
ピットがルークに頭を下げた。
「ルークさん、本当にありがとうございました。ルークさんがいなかったら僕はこうしてここにいることはできませんでした」
黒斑熱事件の後でピットは再びクリート村に戻ることができ、村人たちも快く受け入れてくれた。
「いや、これはピット自身の力で勝ち取ったものだよ。僕はなにもしてない」
「そんなことはありません!ルークさんがいなかったら僕は……僕は今もあいつらの下で……」
「そんなことはないよ勇気をもって告発したのはピットだ。君はもう連中に足蹴にされ道具のように扱われていたみじめな奴隷なんかじゃない、勇気を持った獣人のピットなんだ。だから自信を持っていいんだよ」
「ルークさん……」
ピットがルークにしがみついてきた。
「ナターリア、ファルクスさん、2人のことをよろしく頼みます」
「任せときなって。この2人はあたしが責任をもって立派な商人にしてみせるよ。そしてゆくゆくはナイトレイグループの中核になってもらうんだから」
ナターリアが親指を立ててみせる。
「何を偉そうに。お主こそまだまだ半人前じゃろうが。そういうことはまず独立してから言うものじゃ」
ファルクスがため息をつく。
ナターリアは正式にファルクス商会の共同経営者となり、コンドール&ファルクス商会を立ち上げることになっている。
少しは半人前の面倒をみなきゃならんからとファルクスは言っているが、ナターリアの熱意を認めているようだ。
「まああの2人、いやナターリアも含めて3人のことは任せておくのだな。特にピットはなかなか見込みがある。あれは良い商人になるぞ」
ファルクスはそう言ってルークに笑いかけた。
そして旅立ちの時がやってきた。
「ルークさん、絶対にまた来てくださいよ。俺待ってるっすからね」
キックがおいおいと泣きながらルークの両手をぶんぶんと振り回す。
続いてナミルがルークの腕を取った。
「ルーク殿、本当に何から何まで世話になりました。この村は紅角姫様とあなたに守られたと子々孫々まで伝えていきましょう」
「いや……流石にそこまでされるとちょっとプレッシャーが……」
「何を仰る。あなたが紅角姫様の弟子である以上それだけで信仰の対象になるのですぞ。これこの通り像も作ってあります」
そう言って懐から取り出したのはイリスの像と、その隣にかしずくルークの像だった。
「クリート村ではこれからこの像を作っていくことにします。ゆくゆくはメルカポリスにも紅角姫様とあなたの偉業を広めていくつもりです。あとルーク殿がこの村にやってきた日は祝日にすることに……」
「ストップストップ!もう結構ですから!」
ルークは顔を真っ赤にして手を振った。
「そういうのは本当に苦手なんです」
「いいな~イリスとルークだけなんて。私のも作ってほしい」
恥ずかしがるルークの横でアルマは羨ましそうにしている。
「ご心配なく、アルマ殿の像も作ってありますぞ」
そう言ってナミルが取り出したのはサイクロプスを踏みつけるアルマの像だった。
「花崗岩のダンジョンでのアルマ殿の勇猛果敢な戦いぶりはみなの間で語り草になっています。これからの
「な……納得できない……」
笑い転げるシシリーの横でアルマがプルプルと震えている。
「ルーク殿、紅角姫様とお会いになられるのでしたら我らが感謝しているとお伝え願えますか。そして下界に降りてくることがあれば是非こちらへお越しくださることを願っていると」
「わかりました。必ず伝えます」
ルークはナミルから像を受け取るとにこりと笑った。
「もうお土産もたくさんもらってますしね」
荷台にはクリート村の銘酒も積まれている。
もちろんそれはイリスへの供物だ。
「それでは僕らはそろそろ……」
「ルークさん!」
いよいよ出立、という時になって村の中に駆けこんでくる影があった。
「ヒクシンさん?」
それはヒクシンとポーマン村の村人たちだった。
「ルークさんたちが今日帰るってんで見送りに来たんです。ルークさん!」
ヒクシンがガッシとルークの手を取る。
「あんたの恩は決して忘れねえ!あんたは俺たちの命の恩人てだけじゃねえ、俺たち森の男たちに自信と誇りを蘇らせてくれた頭領みてえな存在だ!あんたに教えてもらったこと、俺たちは絶対に忘れねえから!」
そう言うと持っていた袋の中から巨大な魔石を取り出した。
それはルークがポーマン村に残していったバルタザールの魔石だった。
「どうかこれを持っていってくだせえ!これだって本当はあんたのものなんだけど……俺たちにお返しできるものはこれしかねえんだ!」
「でもこれは君たちの村の復興のためにと……」
「いいんです。村のことは俺たちで何とかします。それを教えてくれたのはルークさんですから。次に来る時は見違えるような村にしてみせますからどうか受け取ってください。なあみんな、そうだよな!」
ヒクシンに同行してきたポーマン村の人々が力強く頷く。
どの目にも燃えるような活力があふれている。
「……わかりました。それではこれはありがたくいただいていきます。みなさん、本当にありがとうございました」
ルークは深く頭を下げた。
「それではみなさん、これで失礼します。絶対にまた来ますから」
荷車を引いた走竜がゆっくりと動き出す。
「ルークさぁん!絶対にまた来てね!約束だからね!」
「ああ、もちろんだ!絶対にまた会いに来るよ!」
追いかけるリアとピットに手を振りながらルークたちはクリート村を後にした。
村の住人やミランダたちの姿が小さくなっていく。
「色々あったけど来て良かったよ」
目尻を拭いながらアルマがルークの肩に頭を預けてきた。
その手を握りながらルークは頷く。
「うん、本当に来て良かった。いつか、今度は師匠も連れて戻って来よう。きっとだ……」
走竜は車輪の音を響かせながら森の中を走り抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます