第126話:証言
威風堂々と立つファルクスに呆然としていたクラヴィの顔がみるみるうちに憎しみで歪んでいく。
「き、貴様ぁ!何故貴様がこんな所にいる!」
「何故?そりゃ儂が評議委員だからに決まっておろう。貴様はそんなことも忘れていたのか」
いきり立つクラヴィと対照的にファルクスは落ち着き払っていた。
むしろこの状況を楽しんですらいるような態度だ。
「ぐぬぬぅ……」
クラヴィが悔しそうに黙り込む。
評議委員なのは事実であったが、派閥を持たないファルクスは委員として死に体も同然だった。
事実クラヴィとの政戦に負けて以来ここ何年も評議会に顔を見せていない。
(それが何故今になって出てくるのだ?)
クラヴィの背筋を嫌な汗が伝う。
今日はクラヴィにとって輝かしい勝利の日となるはずだった。
《蒼穹の鷹》を使って黒斑熱を広め、《アンチール》を国に卸して大金を稼ぐと同時に政界での自分の地位をより強固なものとする、いずれこの国全てを平らげるための大いなる一歩となるはずだったのだ。
それが目の前で蜃気楼のように淡く消え去ろうとしている。
「議長、発言の許可を頂けますかな?」
「は?え、ええ、許可します」
「ありがとうございます」
ファルクスは演壇には進まずに出入り口の前で話を続けた。
「先ほどそちらのミランダ・コールズ殿の発言内容、これは全て事実であります。そこにおわすクラヴィ・セルフィス委員が《蒼穹の鷹》を裏で操り、
「ふふふ、ふざけたことを言うな!」
クラヴィの叫びはもはやろれつが回っていなかった。
「何故儂がそんなことをする!?この国を誰よりも愛しているこの儂が黒斑熱を広めるだと?一体何のため……」
そこまで言ってクラヴィは押し黙った。
今さっきまで自分が《アンチール》を国に売ろうとしていたことを思い出したのだ。
会場は今までの喧騒が嘘のように静まり返っている。
全員の視線がクラヴィに集中していた。
「そそそ……そこまで言うからには、しょしょ……証拠はあるのだろうな!証拠もなしにそんなことを言っているのだとしたら容赦はせんぞ!」
「証拠?証拠ならあるとも」
ファルクスは出入り口の方へ向かって手招きをした。
「ピットォッ!?」
今回叫んだのはランカーだった。
ファルクスに誘われるままにおずおずと会場に入ってきたのはピットだった。
自らに集まる視線に体を震わせているものの、ルークの存在に気付いて固い笑顔を返してきた。
ルークがピットに手を振る。
ファルクスが言葉を続けた。
「儂はこのピット・ストレイ・クリートくんを証人として召喚しました。彼は《蒼穹の鷹》の従者……いえ奴隷として扱われていた若者です」
会場にどよめきが沸き起こる。
包帯で隠れてはいるがランカーとレスリーが顔面蒼白になっているのは明白だった。
「ピットくん、自己紹介をできるかな」
「は、はい……」
震える声でピットが口を開いた。
「ぼ……私はピット・ストレイ・クリートといいます。《蒼穹の鷹》の下で3年間仕えてきました。い……一年前、彼らが
「でたらめだ!」
ランカーが立ち上がるなり口角泡を飛ばしてまくしたてはじめた。
「こ、こんな奴の言うことを信じるな!こいつは私たちのことを恨んでこんなでまかせを言っているんだ!こいつの言っていることは全て嘘っぱちだ!」
「これが君の奥の手なんだな」
ミランダがにやりと笑いながらルークに囁いた。
「すいません、話す時間がなくて」
ピットをファルクスに保護してもらった時からこの話は動いていた。
長年クラヴィと《蒼穹の鷹》の暗い関係を調べていたファルクスにとってここ数年の全容を知るピットは最後の1ピースだったのだ。
ファルクスがピットを保護していたのは証人の身を守るためでもあった。
「ピットくんの証言が嘘でない証拠はまだありますぞ」
ファルクスはそう言うと懐から羊皮紙の束を取り出した。
「これはクラヴィと《蒼穹の鷹》の間で交わされた帳簿です。ご丁寧にも依頼内容も記録されとります」
「馬鹿な!」
今度はレスリーが立ち上がった。
「そそそ、それは私がしっかり隠していたはず……」
クラヴィがいずれ《蒼穹の鷹》を切り捨てることを悟っていたレスリーは切り札として今までの金品のやり取りを全て記録していたのだ。
「レスリー、お前そんなことをしていたのか!?」
「チッ」
驚くランカーにレスリーは舌打ちをした。
これは他のメンバーにも知らせていなかったことなのだ。
(それを何故ピットが知っているのだ?隠し場所は誰にも教えたことがないのに)
ピットが何故裏帳簿の場所を知っていたのか、それは彼が獣人だからに他ならない。
《蒼穹の鷹》が
レスリーが使うインクの特徴的な匂いから天井裏に隠してあった裏帳簿の位置を探し当てたのだ。
「この帳簿によると1年前にクラヴィからの依頼で
「「嘘だ!」」
ランカーとクラヴィが一斉に叫ぶ。
「嘘だ嘘だ嘘だ!でっち上げだ!そんなものが本物であるわけがない!」
ランカーが血走った眼でピットとファルクスを指差す。
「こ、こいつらは獣人だぞ!黒斑熱を広めたのだってこいつら獣人だ!そんな奴らの言葉を信用するのか!こんな薄汚い奴隷にしかなれない奴らの言うことを!」
クラヴィも口から泡を飛ばして喚き散らす。
「そ、そうだ!こ奴らが言っていることなぞ全てでたらめだ!信用などできるものか!」
「ランカー殿、クラヴィ殿、静粛に!」
議長が木槌を打ち鳴らした。
「まずランカー殿、メルカポリスでは獣人も等しく国民という扱いです。そのような差別的な発言は問題となりますので以降気をつけてください。場合によっては退出していただきます」
「ぐぬう……」
ランカーは押し黙るしかなかった。
既に背後の傍聴席からはランカーを非難する声が聞こえている。
ミランダが立ち上がり、クラヴィの方を向いた。
「クラヴィ、我々の言うことはあてにならないと申しましたね、それは本当ですか?」
「そ……そうとも、貴様は所詮ただの警備兵だ、そこにいる2人だってどこの馬の骨とも知れぬ奴らではないか!そんな輩の言うことなど信じられるか!」
クラヴィは憎々しげにルークとアルマを指差すとそう吐き捨てる。
ミランダがにやりと笑った。
「……そうですか。それではあなたはアロガス王国ランパート辺境伯のご息女とその友人であるナレッジ伯爵の言葉を信じないということなのですね」
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