第125話:逆転の一手

 会場は耳をつんざくような喧騒に包まれていた。


 ミランダを詐欺師呼ばわりする声、クラヴィをなじる声、評議会そのものを非難する声、あらゆる叫びがないまぜになってまるで山鳴りのような騒ぎだ。


「静粛に!静まらないものは退席させます!」


 議長が必死になって事態の収拾を図ろうとしている。


 数名の傍聴人が退去を命じられ、ようやく会場は静けさを取り戻した。


「議長!そ奴の言うことなどあてにならん!黒斑熱には《アンチール》以外効かんのだ!今すぐ承認を求める!」


 クラヴィが吠える。


「しかし黒斑熱はもう収まったのではないか?私もここへ来るまでに快癒した患者が大挙して教会から出てくるところを見ましたぞ」


「私もだ。黒斑熱に罹っていた使用人が今朝から働いていましたわい」


「だとするとわざわざクラヴィ殿から《アンチール》を買う必要はないのでは……?」


 クラヴィの派閥に属していない少数派の評議委員たちが控えめながらも疑問の声をあげる。


「ぐうう……」


 クラヴィは黙ってそれを聞くしかなかった。


 演壇の議長が汗を拭きながら言葉を続ける。


「え~、その……黒斑熱の薬を公費で購入する件ですが……こちらは詳細がわかるまで一旦保留ということにしたいと思います。よろしいでしょうか?」


 パラパラと拍手が巻き起こる。


 クラヴィは顔を真っ赤にして黙りこくっていた。



「それではこの議題に関してはこれで終了とし、次の議題に移りたいと思います。クラヴィ殿」


 議長の言葉にクラヴィが立ち上がった。


 冷静さを装ってはいるがその顔は真っ赤を通り越して赤黒くなっている。




「みなさんも知っておられると思いますがわたくしクラヴィ・セルフィスは僭越ながら水道局長という大役を仰せつかっております」


 挨拶もそこそこにクラヴィはそう切り出してきた。


「水道局という仕事は非常に大変なものであります。なにせ国民の生命線を預かるわけですから。特に飲用水の管理はいついかなる時でも国民に飲み水を提供するために昼夜神経を尖らせています。これはもう非常に大変な仕事でありまして、ほんの些事であってもその品質に影響を及ぼしてしまうのです」


 クラヴィはそこでルークたちを睨みつけると指差した。


「そのような場に先日なんの宣告もなしに乗り込んできた者がいます!それがここにいるミランダ・コールズ及びルーク、アルマなる人物たちです。こ奴らは黒斑熱で非常事態宣言が出ていることをいいことに不当にその役職を利用して水道局の業務を妨害したのです!」


「勝手なことを!」


 ミランダが吐き捨てる。


 しかしクラヴィの饒舌は留まることを知らない。


彼奴きゃつらはあろうことか水源である静謐なる水窟ブルーケイブにまで侵入したのです!聖域として水道局が一切の立ち入りを禁止しているのにも関わらずです!我が国の水源は彼奴きゃつらの悪意に晒され、飲用水も修復困難なほどに汚染されてしまいました。これは我が国に対する重大な反逆行為です。その行為を目撃した証人も呼んでいます」


 クラヴィはそう言うと《蒼穹の鷹》に向かって腕を振った。


「我が街の英雄蒼穹の鷹の面々です。彼らは私と共に彼奴きゃつらの悪行を全て目撃しています。ランカー・ベルネックくん、君の見たことを証言してくれるかね?」


 クラヴィに促されて立ち上がったランカーは突然テーブルに拳を叩きつけた。


「私に……私にもっと力があれば……!」


 そう叫ぶとハラハラと涙をこぼす。


「彼女らは……恐ろしいことに水源を守る太古の水門オールドゲートの破壊を目論んだのです。なんとかそれは防ぎましたが水源は汚染され、我々もこうして深手を負ってしまいました。彼女は我々が死んだと思っていたのでしょう、ここにこうして出てきたのも我々が生きていることを知らなかったからです」


「なんてことを!」


 堪りかねてミランダが叫んだ。


「よくもそんな卑怯なことを!」


「落ち着いて。怒りに我を忘れては奴らの思うつぼです。アルマも机を握りつぶさない!」


 暴れそうになるミランダとアルマをルークが慌てて押さえる。


 場内は再び騒然となっていた。


「まったく、よくもこんな大胆なことを考えたものだね」


 ルークは呆れると同時に感心していた。


 クラヴィと《蒼穹の鷹》は他に目撃者がいなかったことをいいことに自分たちのしてきた全ての罪をルークたちに擦り付けようというのだ。


 しかもどさくさに紛れて飲用水の劣化や太古の水門オールドゲートを破壊したことまでこちらのせいにしようとしている。


 こうなると太古の水門オールドゲートにつけられたランカーたちの刀傷も争った際についたと強弁をふるってくるに違いない。


「流石は商人、こういうことには抜かりがないね」


「ルーク、感心してる場合?このままじゃ私たち犯罪者だよ!」


「まあまあ、まずは成り行きを見守ることにしよう」


 心配そうなアルマにルークは落ち着いて答える。


「ミランダ・コールズ、なにか弁明はありますか」


「ありますとも!」


 議長の言葉にミランダは椅子を蹴飛ばすほどの勢いで立ち上がった。


「彼らの言うことは全てがでたらめです!太古の水門オールドゲートを破壊したのは私たちではなく《蒼穹の鷹》であり、それを指示したのが他ならぬクラヴィです」



「でたらめ言うな!」


「貴様らがやったのを街の勇者になすりつけようってのか!」


「この反逆者が!」


 傍聴席が一気に沸き立つ。


 もはや暴動が起こりそうな勢いのそれは再び静かになるのに20分を要した。



「証拠はありますか?」


 疲労困ぱいが滲む議長の声にクラヴィがニヤニヤしながらこちらを見ている。


 ルークたちに証拠らしい証拠がない以上どんなことを言われても言い逃れできると確信しているのだろう。



「それは儂から証言しよう」


 突然会場の入り口から声がした。


「ファ、ファルクス・コンドールゥ?」


 振り返ったクラヴィが口をあんぐりと開ける。


 そこに立っていたのはファルクスだった。


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