第114話:太古の水門

「イリスが!?なんでこんなところに?」


 アルマが素っ頓狂な声を上げる。


 しかしルークはいたって真面目だった。


「間違いないよ。この水門に刻まれた紋様を見てすぐにわかった。これは師匠が独自に編み出した魔導紋、言ってみれば師匠のサインみたいなものだから」


 そう言いながら紋様をさするルークの顔には慈しむと同時に水門を破壊されたことへの憤りが滲んでいる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、君たちは一体何を言っているんだ?師匠とは何のことだ?」


 1人ミランダだけが事態を把握できずに目を白黒させている。


「いけない……でもまあいいか」


 一瞬しまったという顔をしたものの、ルークは気持ちを切り替えるとミランダに自分の事情をかいつまんで説明した。


「つまり……ルークの師匠というのは魔神イリスでしかもこの太古の水門オールドゲートを作ったのもその魔神だというのか?魔神イリスはそんなことまでできるというのか?」


「できるのよね、それが。本当にとんでもない奴だから、多分この位なら朝から始めても昼前には終わるんじゃないかしら」


 アルマが肩をすくめながらため息をつく。


「そ、それは凄いな……」


 ミランダが汗をぬぐった。


「俄かには信じられないがバルタザールを退けたという君の師匠なら魔神イリスであってもおかしくはないな。しかし何のためにこの太古の水門オールドゲートを……?


「それはこの魔素の為です」


 ルークは水門を見つめながら答えた。


「この山の向こうは魔界になっています。そのせいで湧き水に魔素が混ざってしまうんです。これは水に魔素が入り込まないようにする一種のろ過装置の働きを持っています」


「そんなことまでわかるのか!」


「魔導紋から推し量ってるのである程度までしかわかりませんけどね。師匠の作る魔道具は複雑すぎて手に負えないことも多いですから」


「いや……これがどういうものなのか把握できるだけで凄いと思うんだが……」


 苦笑するルークを呆れたように見ていたミランダはやがて何かに思い立ったように顔をあげた。


「待て、つまり君の師匠がこれを作ったということは……」


「ええ、師匠がこれを作ったのは1000年前、つまり前回黒斑熱がメルカポリスに蔓延した時です」


 ルークが頷く。


「師匠も黒斑熱の原因が水にあると突きとめてこの魔導装置を設置したのでしょう」


「それが本当ならとんでもないことだぞ。魔導史が書き換えられる事態だ」


 ミランダは知らず知らずのうちに固唾を呑み込んでいた。


 最恐最悪の魔神、人類種の宿敵パブリックエネミーとまで言われた魔神イリスが実は人々を救っていたのが事実であればそれは人々の魔神に対する認識すらひっくり返ることになる。


 それが社会にどのような影響を与えるのか、ミランダには想像すらつかない。


「すいません、このことはまだ秘密にしておいてもらえますか。師匠のことが知られるのはまだ都合が悪いので」


「あ、ああもちろんだ。むしろこんなことは誰にも言えないよ。そんなことをふれ回ったら良くて頭のおかしい奴扱い、最悪異端審問にかけられてもおかしくないだろう」


 ミランダは頭を振りながら答えた。


 人族の信奉する宗教は魔神イリスを邪悪な存在と定義しているものが多い。


 中には口にすることすら禁じている宗派もある位だ。


「……ミランダさんは僕のことを危険と考えないのですか?魔神イリスの弟子を自称している僕のことを」


「生憎と信仰心は薄くてね」


 ミランダがにやりと笑う。


「それに私は教義よりも事実を重く見ることにしている。今私がわかっている事実はルーク、君が魔獣活勢アクティベートからメルカポリスや森の村を守ったということだ。ならば君は私の敵ではないよ。少なくとも今は、そしてこれからもそうであることを期待してる」


「ありがとうございます」


 ルークは頭を下げた。


「それよりも何故破壊されているのだ?君の話が事実なら太古の水門オールドゲートは黒斑熱からメルカポリスの国民を守っていたということなのだろう?」


「この門が破壊されたのはつい最近です。それは破壊痕が新しいことからもわかります。おそらくラルフさんが言っていたようにここ1年以内に行われたのでしょう」


 ルークが険しい目つきで水門の残骸を見上げた。


「そして誰がそれを行ったのか、それは……《蒼穹の鷹》の可能性があります」


「なんだと!?」


 ルークの口から出た意外な言葉にミランダが目を丸くした。


「彼らは勇者、街の英雄だぞ!」


「ミランダさんは本当にそう思っていますか?」


「っ……!」


 ミランダが言葉を詰まらせる。


 ルークの言葉は図星そのものだったからだ。


 街では勇者と持て囃されているがミランダには彼らがその称号に相応しいとはとても思えなかった。


 元々は犯罪者まがいのチンピラ集団で何度も警備隊のお世話になっていた連中だ。


 それがある日突然冒険者として幾つもの功績をあげだしたのだ。


 人々はやくざな若者が心を入れ替えて人々を助けるようになったという美談に心酔していたがミランダにはどうしてもそれを信じ切ることができなかった。


 警備隊として耳にする《蒼穹の鷹》の暗い噂もそれを裏付けることになっていた。


「し、しかし、何故自信をもってそんなことを言える?何か証拠はあるのか?」


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