第113話:その欲望の名は水
「私はラルフ・プラントといいます。この浄水場で働いてもう10年になります」
その職員、ラルフはぽつりぽつりと話し始めた。
ラルフによるとクラヴィが水道局長に選任された3年前から事態は少しずつ悪化していったのだという。
「まず1カ月に1回だった水質報告義務が2カ月に1回になりました。今では半年に1回となっています。あの男は評議委員の立場を利用して水道法を少しずつ変えていったのです」
悔しそうに肩を落としながらラルフは話を続けた。
「やがてあの男は浄水場の予算を絞りだしました。碌に魔導士も雇えなくなってしまい、我々が予算の増額を頼んでも与えられたもので何とかするのが仕事だの一点張りで」
「クソ!あのごうつくばりめ!奴が水道局長になってから水道利用料が倍になったというのに、陰でそんなことをしていたのか!」
怒りを抑えきれないように拳を叩くミランダにラルフが頷く。
「実際水道利用料値上げに対するデモが何度か計画されたのですが、それもことごとくあの男に潰されたと聞きます」
「……それを取り締まったのは我々警備隊だ。職務とは言えあの時はやるせない気分だったよ」
むっつりとミランダが答える。
「魔素の検査に関しては今まで検出されたことがないということで1年に1回に減らされました。前回行ったのがちょうど1年前なのでそれ以降に何かあったのかもしれません」
「ルークはどう思う?」
「そうですね……人為的に魔素が混入されたという可能性は捨てきれないと思いますが、これだけの魔素を用意して更に水に混入するのはかなり難しいと思います。相当高位の魔導士でなければできないはずですから」
「確かに私もその可能性は低いと思う。それだけのことができる魔導士が何か行動を起こした時は我々警備隊にも連絡が来るはずだ」
「水源に何かが起きたのかもしれません。単にそれに気付かずに水道に流してしまったのかも」
「結局水源を調べることに変わりはないようだな」
ミランダが立ち上がった。
「ひとまずここに関しては一旦置くことにする。しかし水道局の腐敗は必ず是正されることになるだろう。このような惨状は見過ごすわけにはいかない」
「よろしくお願いします!私としてもこのままでは家族に顔向けできません」
ラフルが頭を下げた。
「ならばいまのうちに証拠を揃えておくことだ。証人になるのであれば貴様のことは我々警備隊が保護しよう。追って連絡するからそれまでは周りに知られぬようにしておいてくれ」
「わ、わかりました」
ルークたちはラルフと別れを告げて再び水源へと向かった。
「しかしクラヴィという男、相当に後ろ暗いことをしているみたいですね」
「ああ、奴はこの国の悪と腐敗の体現者だ」
走竜を駆りながらミランダが厳しい顔で話を続けた。
「奴の手はあらゆるところに伸びている。我々も奴の尻尾を掴もうとしているのだが、上手くいくどころか上から圧力をかけられて身動きもままならないくらいだ。だが必ずあの男には法の裁きを下してやる」
やがて一行は山肌にぽっかりとあいた洞窟の前に辿り着いた。
洞窟から流れ出る冷たい湧水が浄水場へ延びる水路へと流れ込んでいる。
「ここがメルカポリスの水源だ。洞窟の奥から出てくる伏流水を引っ張ってきているんだ」
「とうやら魔素はこの洞窟の内部で混入してるようですね」
ルークの魔法が明らかにした魔素の光も洞窟の奥へと続いている。
「なにこの洞窟……まるで最難度のダンジョン並の魔素じゃない」
アルマが緊張した面持ちで呟く。
洞窟に垂れ込める魔素は既にアルマやミランダにも認識できるほどの濃さだった。
「この水源は
ミランダが険しい顔で洞窟を見つめる。
「立ち入り禁止の割に警備されていないようですが」
「ここを守る衛兵は真っ先に黒斑熱にかかった。その後も衛士を中心に黒斑熱が広まってしまったから手が回らないのだろう」
ミランダは剣を抜き放つと
「気をつけろよ。
部下を入り口に残すとミランダはルークとアルマを引き連れて
「変だな、これほど魔素が濃いというのに魔獣が全くいないとは」
周囲に響くのは水の流れる音と、ルークたちの足音だけだ。
魔獣の姿は影も形もない。
「ちょっと待ってください」
しばらく歩いた後で突然ルークが立ち止まった。
「ルーク、どうしたの?」
「ここ、少し様子が変なんだ……ライティング」
ルークの魔法が洞窟全体を明るく照らす。
「な、なにこれ!?」
目の前に広がるものを見てアルマは思わず声をあげていた。
そこにあったのは年代もわからぬくらい古く巨大な門だった。
水路をまたぐようにかけられているその門は既に破壊され、大きく開け放たれている。
もはや視認できそうなほどに濃くなった魔素はその奥からあふれ出ていた。
「門?なんでここにこんなものが……水路を塞いでいたのを壊したのかしら?」
「これは
「いえ……それは違いますね」
ミランダに答えるルークの顔はいつになく険しかった。
破壊された門の前に近づいて左手をかざす。
ルークの詠唱に呼応するように門に刻まれた模様が淡い光を放った。
「やっぱり……」
ルークの表情が更に厳しくなる。
「これはただの水門じゃない。師匠が施した魔導装置だ」
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