第112話:メルカポリス浄水場
「やっぱりそうなんですか……」
ルークは大きくため息をついた。
まさかこんなところでクラヴィの名前を聞くことになるとは。
「なんだ、知っていたのか」
「いえ、知っていたというか、その人とは少し因縁がありまして」
「そうなのか?まあいい、とにかくそれを知ってしまった以上無視するわけにもいかなくなったな。先に浄水場を視察することにしよう」
ミランダは手綱を引くと走竜を別の方向へ向けた。
「そんなことをしても大丈夫なのですか?」
「案ずるな!黒斑病の原因を調べていると言えばなんとでもなる。嘘は言ってないわけだしな」
ミランダはにやりと笑うと駆けだした。
ルークたちも慌てて後を追う。
メルカポリス浄水場は水源から少し下りた場所に建っている。
国の重要施設だけあって入り口には衛兵が常駐している。
「貴様ら何者だ!」
「私はメルカポリス警備隊西地区小隊長のミランダ・コールズだ。黒斑熱が獣人によるテロ行為の可能性があるため可能性のある場所の臨検を行っている。浄水場もその中に含まれているので入れてもらおう」
「し……しかし誰も入れるなと厳命されていまして……」
尚も動こうとしない衛兵たちに業を煮やしたのかミランダが前に出た。
既に手が剣の柄にかかっている。
「それは通常時であろう。今は非常事態宣言下だ。その場合我々警備隊は評議会直轄と同等の権利を有することになっている。つまり水道局の許可を得る必要はない。わかったらそこをどいてもらおうか。どかぬと言うのなら強制執行させてもらうぞ」
「そ……そこまで言うのでしたら……しかしこのことは上に報告させていただきます」
「好きにするがいい」
渋々と道を開けた衛兵たちの横を通り抜け、ルークたちは浄水場の中へ入っていった。
「な、なんなんですか、あなたたちは?」
「私はメルカポリス警備隊西地区小隊長のミランダ・コールズだ!たった今より非常事態法に基づきこの場を臨検する。早速案内してもらうぞ」
突然入ってきたルークたちに驚く職員を引っ張るようにミランダは浄水施設の中へ進んでいった。
「……これは酷い」
貯水池にやってきたルークは顔をしかめた。
人口20万人を超えるメルカポリスの飲用水を一手に引き受ける貯水池はまるで100年前から放置されていたように荒れ果てていた。
周囲は草が生い茂り、鹿が前足を池に突っ込みながら水を飲んでいる。
浄化魔法をするはずの魔導士の姿はどこにも見えない。
「まさか……私たちここの水を飲んでたの?」
青ざめた顔でアルマが呟く。
「ナターリアが簡易浄化用の魔石が売れてると言ってたけど、こういうことだったのか」
「なんだこれは!」
あまりの惨状にミランダが怒号を張り上げた。
「貴様ら何をしているのだ!こんな……こんな状態にしておいていいと思っているのか!」
怒りのあまりに言葉が出てこないようだ。
「し……しかし基準は満たしておりますので」
「だったら今すぐこの水を飲んで見せろ!」
「そ……それは……」
職員が顔を引きつらせる。
「いいか、この状態は誰がどう見ても異常だ。これはもはや背任どころの問題ではない、メルカポリス国家に対する反逆行為だ。納得のいく説明をしてもらうぞ」
「わ……我々もどうにかしたいと思っているのです!しかし……どうにもできなかったんです!」
わなわなと震えていた職員はやがて力尽きたように地に膝をついた。
「クラヴィ様が水道局のトップに立って以来、予算が大幅にカットされてしまったのです。おかげで魔導士の確保にすら事欠く有様で、何度も陳情したのですが全く聞き入れてもらえないのです」
「クソ、あの男……、評議委員でありながらこの国を食い物にするつもりなのか」
ミランダが歯を食いしばる。
「ミランダさん、一旦この話はそこまでにしましょう。今は黒斑熱の解決の方が先です」
ルークは貯水池に手をかざすと詠唱を開始した。
池の中がまるで満天の星空のように赤く輝く。
「こ、これは一体……?」
「これは水の中に混ざっている魔素だ。ルーク……この男は飲み水の中の魔素が黒斑熱の原因ではないかと言っている」
「魔素が!?そんな馬鹿な!」
「驚くのも無理はない、しかし私はこの者を信じている。この者は先ほども私の目の前で数十人もの患者を治したのだ。そしてその男がここの飲み水に原因があると言っているのだ」
ミランダが職員に顔を近づけ、その眼を真正面から見据えた。
「いずれにせよこの水の中に魔素が混ざっているのは事実だ。信じられないというならここの魔導士に検査をさせてもよいぞ。ただし私の見ている前でだ」
「……そ、それは……」
「この際だからはっきり言っておくが、黒斑熱の原因がここにあろうがなかろうがこの惨状は見過ごすわけにはいかない。近いうちにここには本格的な調査が入ることになるだろう。少しでも国民の生命線を預かる者としての責任が残っているなら全てを明らかにするのだ」
「……わかり……ました」
職員は覚悟を決めたように頷いた。
「私の知っていることを全てお話しします」
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