第111話:黒斑病の正体
「この黒斑病という病気は感染力が強すぎます。普通の伝染病では考えられない速度です」
そう話すルークの目の前には水桶が置かれていた。
中には街の共同井戸から汲まれてきた飲料用水が入っている。
「それに患者に成人男性が多いのも気になりました。伝染病の場合、通常なら体力の弱い老人や女性、子供から罹っていくはずなのに」
ルークの詠唱と共に水桶の周囲に魔法陣が現れる。
やがて水の中に赤く光る粒子が現れ始めた。
「これは一体?」
「これは魔素の一種です。いわゆるダンジョン内に溜まって魔物を魔獣化させる重い魔素ですね。おそらくこれが黒斑病の原因です。患者に成人男性が多かったのは男性の方が水を飲む量が多いからなのでしょう」
「馬鹿な!魔素が病気を引き起こしたというのか!」
ミランダが驚きに眼を見開いた。
「魔物を魔獣へと変化させる重い魔素は稀に人に対して中毒症状を起こすことがあります。この土地の魔素は黒斑病を発症させるのでしょう。魔族の血を引く獣人が罹りにくいというのもそれが理由だと思います」
「そうなのか……いやしかし……」
ミランダはそれでも納得できないようだ。
「実際に確かめてみましょう」
ルークは立ち上がると部屋の外に出ると患者が横たわる広間の中央に立った。
「今から行う魔法は魔素中毒を治療するための治癒魔法です。ただし黒斑熱の患者内にある魔素を排除するように調整しています」
ルークの詠唱と共に広間の患者たちの身体に広がる黒い痣が光を放ち、消えていった。
同時にうめき声をあげていた患者たちの顔から苦しみの表情が消えていく。
「ど、どうなっているんだ?急に苦しくなくなったぞ?」
「熱もひいている?これは一体?」
「これは奇跡か?」
患者も治療にあたっていた者たちも驚いたように周囲を見渡している。
ミランダはその光景を呆気に取られながら見ていた。
「な……こんな……これはどういうことなんだ!?」
「おそらく特効魔法も魔素を体内から排除するという根本的な原理は同じはずです」
「ば、馬鹿な……専門の魔導士がいるほどの治癒魔法を模倣したというのか……?いや、特効魔法にもこれほどの即効性はない、この魔法はそれ以上じゃないか……」
「肉体に備わっている防御機構が体内に入り込んだ魔素と過剰に反応することで黒斑熱の症状を発生させているのでしょう。魔導士の施術を見る限り特効魔法は体内から魔素を排除する働きを強化しているようです。僕の魔法は魔素そのものを排除しています」
患者たちは今やすっかり回復していた。
体力のある者は既に立ちあがり、お互いに喜びを交わし合っている。
ミランダは信じられないという表情でその様子を見ていたが、唐突に振り返ると掴みかかるようにルークにその肩に手をかけた。
「この魔法があれば今すぐ患者たちを治せるじゃないか!頼む、力を貸してくれ!お礼はどんなことでもする!」
「ちょ、ちょっと待ってください。確かにそれはそうですが、それでは根本的な解決になりません」
「そ、それは確かにそうだが……それでも……」
「それよりも水中に混ざり込んだ魔素をなんとかする方が先です。魔素さえ解決できれば治療の手が足りなくなるということもなくなるはずです」
ミランダはそれでも納得できないようだった。
「しかしこの街の飲用水は専属の魔導士による浄化魔法で清浄化されている。魔素が入り込むなんてことが起こりえるのか?」
「考えられる理由はいくつかあると思います。1つは誰かが意図的に混入したというものです。例えば何者かが獣人排斥を狙っていたとか。もう1つは最初から混入していた場合です」
ルークが原因は水にあるのではないかと思った理由の1つが発生場所が点在しすぎていることだった。
発生源が限られた範囲に絞られる伝染病と違って街中に散らばりすぎている。
しかし水道に理由があるのだとしたらこれも納得だ。
メルカポリスの水道網は網の目のように街中に張り巡らされているのだから。
「……ルークの言うことももっともか……いずれにせよこのままでは医療崩壊を招くだけだろう。ならば根本的な解決を探っていくのが先決か」
しばらく考え込んでいたミランダは決心したように頷いた。
「ルーク、君の考えを支持するよ。まずは飲用水に魔素が混ざり込んだ原因を探っていくことにしよう。力を貸してもらえないか?」
「もちろんです。獣人たちの誤解も解きたいですからね」
ルークは力強く頷いた
「メルカポリスの水源は川の上流にある。まずはそこへ向かおう」
ルークとアルマはミランダとその部下数名と共に水源のある山へと向かっていった。
シシリーはファルクスたちの護衛として残っている。
「……1つ気付いたことがあるのですが……」
走竜を駆りながらルークがミランダに話しかけた。
「さっき飲料用水の解析をした時ついでに水質の解析もしたのですが……ちょっと水質が悪いようです。このままでは黒斑病以前に別の病気が広まる可能性もあります」
「それは本当か!?」
ミランダが驚いたようにルークを見た。
「ええ、飲料用で使うにはギリギリと言ったところです。おそらく下流に行けばもう飲料用には適さなくなってるでしょう。落ち着いたら関係各所に報告した方が良いと思います」
「……クソッあの強欲商人め!」
ミランダが吐き捨てるように叫んだ。
「心当たりがあるのですか?」
「ああ、あるなんてもんじゃない。メルカポリスは有力者による合議で街の方針を決める評議会制を取っている。そう言えば聞こえはいいが結局は街の公共事業を少数の商人が牛耳るための方便でしかないという側面もある。そして当然水道施設も評議委員を務めるとある商人の管轄で運営されているのだ」
ルークの頭を嫌な予感が走り抜ける。
「まさかその商人というのは……」
「今更隠すこともできんしそうする義理立てもないし、君たちも知っておくべきだと思うから教えるが、メルカポリス水道局長はクラヴィ・セルフィスという商人だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます