第110話:募る憎悪
「これはまずいな……」
北通りを走り抜けながらルークは歯噛みをしていた。
通りを練り歩く市民は怒りに満ち溢れ、既に暴動寸前になっている。
このままでは手に負えなくなってしまうだろう。
その前にファルクスと合流して抜け出さなくては……
「あそこだ!」
北通りにある廃屋、そこにファルクスとピットがいる。
しかしそこは既に暴徒によって取り囲まれていた。
「ここか?獣人の野郎が隠れてるってのは!」
「おいこら!汚え獣人共!隠れてねえで出てこい!」
「黒斑熱が広まってるのはてめえらのせいだろうが!責任を取りやがれ!」
暴徒の怒りは収まるどころかますます激しさを増している。
「てめえらどいてろや。こんなボロ屋は獣人もろともぶっ壊すに限んだよ!」
1人の男が巨大なハンマーを持って現れた。
「おら、ぶっ壊れろや!」
ハンマーを振りかざし、叩きつけようとしたところで何者かがそのヘッドを掴んだ。
バランスを崩した男がのけぞり倒れる。
「てめえ、なにしやがる!」
男を押さえたのはルークだった。
「よかった、何とか間に合った。あ、先ほどはすいませんでした」
ルークは男に一礼するとドアを叩いた。
「ファルクスさん、僕です!ルークです!助けに来ました。早くここから避難しましょう!」
「ちょ、ちょっとルーク!」
アルマが慌てたがもう遅い、ルークの言葉に背後で殺気が膨れ上がっていた。
「助けに来ただあ?てめえ、ここに隠れてる獣人の知り合いかよ」
先ほどの男がハンマーを握りしめながら詰め寄ってきた。
男の背後には殺気をみなぎらせた男たちが20人ほど連なっている。
「その通りですがあなたは?」
「はっ!俺たちは黒斑熱をばらまく薄汚え獣人を退治しに来た善良な市民様よ!怪我したくなけりゃさっさとそこをどくんだな!」
男が胸倉を掴もうと手を伸ばしたのと同時にルークが左手を突き出す。
突如突風が巻き起こった。
「うおっ!」
「な、なんだあっ!?」
家をも吹き飛ばすほどの風に男たちが後ずさる。
発生と同じくらい唐突に風が止んだ時、ルークと男たちの間には数メートルの開きができていた。
ルークが口を開いた。
「これ以上近寄らないでください。命までは取りませんが近づけば無傷の保証は出来かねます」
口調は静かだったが有無を言わせぬ響きがこもっている。
「て……てめえ……」
尚も強がる男たちだったがルークの魔法を目の当たりにしてすっかり毒気が抜かれていた。
「そこで何をしている!」
そこへ走竜に跨った騎兵隊がやってきた。
「非常事態宣言が発令されているのだぞ!集団による活動は一切禁じられている!さっさと解散しろ!」
「ミランダさん?」
騎兵隊長の顔を見てルークが驚きの声をあげる。
それはメルカポリス警備隊西地区小隊長ミランダ・コールズだった。
「その顔、確か……ルークと言ったか。こんなところで何をしているのだ?」
「知り合いの獣人が危険な目に遭っていると聞いて助けに来たんです。これはどういうことなんですか?」
「獣人か……」
ルークの言葉にミランダが微かに眉をひそめる。
「……そうだな、その獣人は我々警備隊が責任をもって保護しよう。メルカポリス市民である以上我々には守る責任がある。今の街の状況ならば警備隊の基地の方が安全なはずだ」
「一体どうなっているんですか?何故今になって黒斑熱が?」
「そこまで知っているのか」
驚いたように眼を見張ったミランダだったが、やがて何かを思いついたように頷いた。
「ルーク、君たちならばこの事態を知っておいた方が良いかもしれない。その獣人たちを保護するついでに君たちも来てくれないか?今までのことを詳しく説明しよう」
「ありがとうございます。願ったりです」
ルークはミランダに頭を下げると再びドアを叩いた。
「ファルクスさん、それにピット!もう安心です!安全な場所までお連れするので出てきてください!」
◆
「まずはお礼を言わせてくれ。君たちが
ファルクスとピットを保護して基地につくなりミランダが頭を下げた。
「本当はもっと詳しい話を聞いて来年以降の防護の参考としたいところなのだが、見ての通りそれどころではなくなってしまってな」
ミランダが自嘲するように周囲に目をやる。
警備隊の基地はまるで戦場のような有様だった。
病院や教会に収容しきれなくなった患者が基地内に運び込まれているが手当てをする人員が足りず、地獄のような様相を呈していた。
「黒斑熱が出始めたのは3日程前だ」
椅子に腰を下ろしたミランダが説明を始めた。
「評議会が対処しようとしたが
「なるほど……確かに普通の伝染病の感染速度とは違いますね。感染者の情報は集めているのですか?」
ルークはテーブルの上に広げられた地図に目をやった。
地図には治療院と教会の場所に印と患者数が書き込まれている。
「正確には集めきれていないのが現状だ。今こうしている間にも患者が運び込まれているのだからな」
ミランダの言葉ももっともだった。
これだけ患者が増えるとデータを取ることすらままならないだろう。
「教会や宿泊施設などにも協力を仰いでいるのだが、なかなか芳しい結果にはなっていないようだ。評議会でもどう対処するか意見が割れていて、中には今回の原因は獣人にあるから即刻排斥せよと言う評議員もいるらしい」
ミランダは横のソファに座っているファルクスとピットにちらりと目をやった。
リアが警戒した目でピットの腕にしがみついた。
「安心したまえ。ここにいる限り誰にも手は出させんよ。それよりも君たちに来てもらったのは聞きたいことがあったからだ。森の住民に黒斑病の患者は出ていないか?」
「聞いたことないですね。少なくとも僕たちがいた1週間で獣人にも人族にも黒斑病を発症した人はいません」
「そうか……森の状況を確認したくてな。巷では獣人は黒斑病に罹らないと言われているが実はそうではないらしい。少数ではあるがメルカポリスの獣人にも罹患した者が出ているのだ。となると別の要因があるということなのか……」
ルークが立ち上がった。
「それについてはちょっと思い当たることがあります」
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