第109話:黒斑熱
「もう大丈夫です」
ルークの言葉に周りにいたアルマたちがほっと安堵の息をつく。
傍らには静かな寝息を立てるアマーリアの姿があった
ルークが施した治癒魔法で黒斑熱は完全に治っている。
「治癒魔法が効いてよかった。病気の中には特効治癒魔法でないと治らないものもあるから」
「いや……黒斑熱はその特効治癒魔法でなくては治せないはずなんじゃが……いや、ルーク殿ならばその位可能ということか」
ナミルが驚いたような呆れたような顔を見せた。
1000年前にこの地方に大きな被害を与えた黒斑熱だが特効治癒魔法が開発された今は危険な病ではなくなっている。
「しかし街に広まっているというのは気がかりですな。治癒魔導士が足りていないのでしょうか」
ルークもそれが気がかりだった。
治癒魔導士と言えども患者の数が多すぎれば対処しきれなくなるだろう。
魔力も尽きるし魔法薬にも限りがある。
そうなるとそこから先に待つのは
「少し様子を見に行こうと思います。街の人たちも心配ですし」
「うむ、しかしお気を付けくだされ。黒斑熱は恐ろしい勢いで感染していきます。ルーク殿にとっては要らぬお節介かもしれませぬが、これを持っていくと良いでしょう」
ナミルが革の袋をルークに手渡した。
中には干した薬草が入っている。
「チリンの葉を干したもので煎じて飲めば黒斑熱に効くと言われております。我々獣人はいつもこれを飲んでいるので黒斑熱に罹らないのだと伝えられております」
「ありがとうございます」
ルークは袋を手にすると立ち上がった。
アルマとシシリーがその後に続く。
「き……気をつけて……」
その時足下から声がした。
「ナターリア、気が付いたの?」
シシリーの言葉にやつれた顔でナターリアが微笑む。
「黒斑熱は凄い勢いで街に広まってる……既に1000人以上の患者が出ていて治療院も教会も対応できないくらい……」
ふらふらとナターリアが身を起こした。
「ナターリア、無茶はいけない。治ったとはいえ体力が戻ったわけじゃないんだ」
「大丈夫……ずいぶんと楽になったから。それよりもルーク、街に行くなら気をつけて……」
ベッドに身を預けたナターリアが青白い顔で話を続けた。
「黒斑熱が広まったのは獣人のせいだという声が広がってるの。クリート村を焼き払えという意見まで出てきてる。あたしも獣人たちの味方だと襲われかけたくらい。だから……」
「そんな……!」
ナターリアの言葉にリアの顔から血の気が引いた。
「リアちゃんのお兄さんなら無事よ。ファルクスさんがいち早く危険に気付いて安全な場所に避難しているから。でも街の外に出ることは出来なくて、あたしだけがこっちに来たってわけ。でもその途中であたしも発症しちゃって……」
ナターリアはそこまで言うと力尽きたようにベッドに身を横たえた。
「ファルクスさんとピットは北通りの突き当りにある廃屋に隠れてる。しばらくは大丈夫だと思うけど、もし今見つかったら命が危ないかもしれない。お願い、助けに行ってあげて」
「もちろんだよ。2人は絶対に助けるからナターリアはここで安静にしていてくれ。ナミルさん、ナターリアをお願いします」
ルークたちは挨拶もそこそこにナミルの屋敷を飛び出した。
その後にリアが続く。
「リア、君は村に残ってるんだ。今の街に行くのは危険すぎる」
「私も行かせてください!お兄ちゃんが心配なんです!もしお兄ちゃんに何かあったら……私は……」
涙を滲ませる目で見つめられたルークは返す言葉を見つけられなかった。
このまま二度と会えないかもしれない、その恐怖と怒りはルークにもよくわかっている。
「……わかった。リアのことも僕が守るよ。一緒にファルクスさんとピットを助けに行こう」
「はいっ!」
弾けるような笑顔でリアが答える。
「相変わらずこういうところは甘いよね、ルークは」
「でもそれがルークの良いところだから」
苦笑しながら肩をすくめるシシリーにアルマが微笑む。
白々と明け始めた森の中、4人が乗った走竜はメルカポリスへと走り出した。
◆
メルカポリスは異様な雰囲気に包まれていた。
「!?」
教会の前を通り抜けたルークは目の前に広がる光景に言葉を失った。
黒斑病の患者が文字通り教会からあふれ出し、広場にまで広がっている。
患者たちはまるで競りにかけられる家畜のように地面に横たわり、苦しそうにあえいでいた。
教会の僧侶が患者たちの間を走り回り、かいがいしく治療をしているが手が足りていないのは一目で明らかだ。
「酷い……」
その凄惨な光景にアルマは思わず眼をそむけた。
「おそらく治癒の手が足りていないんだ。でも何故なんだ?メルカポリスは交易都市、しかも魔法薬の流通で知られた場所だというのに……」
黒斑熱は確かに特効治癒魔法が唯一の治療法だが魔法薬で症状を緩和させて自然治癒を待つことも可能だ。
それなのにこれほど苦しむ患者がいるということは魔法薬も数が足りていないということになる。
それがルークには腑に落ちなかった。
「ルークさん……」
考え込むルークの袖をリアが引っ張った。
目深にかぶったローブの奥から心配そうな顔がのぞいている。
「そうだった、まずは2人の救助が先だね。北通りに急ぐとしよう」
ルークは後ろ髪を引かれるのを振り切るように身を翻すと通りを小走りで通り抜けていった。
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