第105話:ポーマン村の戦い

 ポーマン村に侵入してきた数10体の魔獣はルークとアルマの手によって1時間程で全て駆逐された。


「す、凄え……あれだけいた魔獣たちをあっさり……」


 村人たちはみな一様に言葉を失っている。


 それほどにルークとアルマの強さは圧倒的だった。



 魔獣が消え去った村の広場にエルデの入った桶を片手にキックがやってきた。


「とりあえず目ぼしい裂け目と出入り口にはエルデを縫っておいたっす。これで多少は防げるんじゃないすかね」


「ありがとう、キック」


 キックは力なく座り込むヒクシンを見つけてにやりと笑いかけた。


「命拾いしたみたいっすね」


 その言葉にヒクシンは肩をビクリと震わせて顔をそむける。


「なんでだ……」


 ヒクシンが消え入るような声で呟く。


「なんで……助けたんだ。俺は……俺はお前ら獣人を侮辱したんだぞ!卑怯な手だって使った!それなのになんで!なんでだ!」


 呟くような声がやがて叫びへと変わっていく。


 それは己への弾劾の叫びでもあった。


「ま、過ぎたことっすよ」


 あっけらかんとキックが答える。


「同じ森に住む者同士、困った時は助け合ってきたじゃないっすか。とは言え侮辱は許せないから謝ってもらうっすけどね。酒についてはむしろこっちがお礼を言わなきゃだけど」


「し、しかし……それじゃあ俺の気が済まねえ」


「まあまあ、それよりも今は魔獣の対処が先っす。まだまだ油断はできないすからね」


「そう言えば、ここには《蒼穹の鷹》が来ているはずでは?姿が見えないようですが」


 ルークがキョロキョロと辺りを見渡す。


 村の中には《蒼穹の鷹》はおろか1人の冒険者の姿も見えない。


「……あいつらは森の中だ」


 ヒクシンが悔しそうに唇を噛んだ。


「あいつら……金にならねえ魔獣は無視しやがるんだ。今もレアな魔獣が出たとかで森の中に行っちまってる。俺たちのことなんかどうでもいいんだよ」


「相変わらずですか」


 ルークは頭を抱えた。


「でも今回はギルドからの依頼である以上こちらから苦情を申し立てれば何らかの処分が降りるのでは?」


「無理だ」「無理っすね」


 ヒクシンとキックの声がはもった。


「メルカポリスは商人の街っすからね。ギルドも儲けに繋がらない俺たち森の住人の声なんか聞いちゃくれないんすよ」


「それに《蒼穹の鷹》はメルカポリス評議委員のクラヴィと繋がってる。奴らの評判を落とすような意見は握りつぶされちまうんだ」


「そういうことですか」


「だからあいつらは森の中でやりたい放題なんすよ。俺たちがどれだけ奴らに使い潰されてもメリカポリスの中じゃ話題にもなりゃしない」


 キックが悔しそうに吐き捨てる。


「ポーマン村だって同じっす。森に住む者は人族だろうと獣人だろうとあいつらの食い物にされてるという点では同じなんす。だから俺たちが恨み合ったってしょうがないんすよ」


 キックの言葉にヒクシンがあらためて両手をついた。


「キック……本当にすまねえ。俺は目先のことにばかりとらわれちまっていた。お前ら獣人のことを馬鹿にしていた俺の方こそ馬鹿だった」


「いや、だからそれはもういいっすよ。謝られるのには慣れてねえから身体が痒くなっちまう」


「ともあれ、今のうちに体勢を立て直すことにしよう。《蒼穹の鷹》はあてにできないしエルデの在庫はもうないから交代で見張りを立てて凌ぎきらないと」



「た、大変だあっ!」


 そこへ村人が飛び込んできた。


「森の中でとんでもねえ魔獣が暴れてやがる!冒険者もてんで歯が立ってねえ!」





    ◆





「ラ、ランカー!こんなの聞いてないぜ!」


 グスタフの声には既に泣きが入っている。


「ええい、弱気を吐くな!そんな暇があったら手を動かせ!」


「で、でもよう……こんな奴どうやって相手をしたらいいんだよ!」


「……チッ」


 ランカーも返す言葉がなかった。


 それほどに目の前にいる敵は強大だった。


 その魔獣は全長数10メートルを超え、遥か頭上から4人を見下ろしている。


 数時間全力で攻撃をしていたというのに虹色の鱗に包まれた体には傷1つ付いていない。



 ― 古代竜バルタザール ― その姿を見るのはランカーも初めてだった。



 魔界の深山に棲む最強の竜種、あらゆるドラゴンの王、魔王ですら彼の住まう地には足を踏み入れない、バルタザールにまつわる話は既に神話の域に達している。


 クソ、なんでこんなことに、ランカーは我が身を呪った。


 レアな魔獣を追っているうちに森の奥へ入り込んでしまい、気付けば目の前にバルタザールがいたのだ。


 逃げようとした時にはもう遅く、領域封鎖ロックダウンされてしまった。


 バルタザールはその身の周囲が領域封鎖ロックダウン領域となる、つまりバルタザールが移動すればその範囲の生物も移動せざるを得なくなるのだ。


 こうしていつの間にかポーマン村の近くまで来ていた。


 あの村がどうなろうがランカーの知ったことではないが倒さなければ抜け出すこともできない。


 というわけで数時間もの間、無謀な戦いを挑んでいたのだが既に体力は限界に来ていた。


「レスリー、まだ脱出魔法は組み上がらないのか!?」


「もう少し待ってください……!これほどの魔力が相手だと簡単にはできないんですよ!」


 いつも冷静なレスリーだったが今は悲鳴混じりの言葉しか返すことができない。


「もう駄目、魔石は全部使い果たしちゃったよ!魔力も残ってない!」


 エセルが膝から地面に崩れ落ちた。


「私たち、みんなこのトカゲに食われちゃうんだ。だから止めようって言ったのに!責任取ってよ!」


「ふざけるな!魔獣を追いかけていったのはお前だろうが!他人に責任を擦り付けるな!」


「はあっ?こっちだと言ったのはあんたでしょ!私は知らないからね!あんたが何とかしなさいよ!」



 完全に自暴自棄になったグスタフとエセルはバルタザールそっちのけで罵り合いを始めている。


「貴様ら!戦いに集中……」


 そちらに気を取られたせいで横から殴りつけるような殺気に気が付くのに一瞬遅れた。


 バルタザールの巨大なかぎ爪がランカーを鷲掴みにする。


 全身を襲う骨が砕ける感覚に意識が遠くなっていく。


「ランカー!!!」


 3人の悲鳴もランカーの耳には届いていなかった。


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