第104話:ポーマン村へ

「ポーマン村に?」


「そうっす」


 意外な言葉に思わず問い返したルークにキックが頷く。


「エルデの効果は半端ないっす。オークどころかオーガやレッサードラゴンだって近寄ってこないっす。でも……うちに寄ってこない分他の村が襲われてるんす」


「確かにそれはその通りだけど……いいのかい?その分この村が手薄になってしまうけど」


「いいっす!」


 キックがきっぱりと答える。


「今回の魔獣活勢アクティベートが今までで最大ってのはマジっす。見たことのない魔獣が横切っていくのも見たっすから。だから……多分他の村がやばいことになってると思うんす」


 確かにクリート村は魔獣活勢アクティベートが来ているとは思えないほどに平和だった。


 しかしそれが自分たちの力によるものではないことをキックは自覚していた。


 全てルークが助けてくれたからだ。


 言ってみれば単に運が良かったからで、一歩間違えれば魔獣に蹂躙されていたのは自分たちだったのかもしれない。


 そう思うと居ても立っても居られなくなったのだ。


 数か月前のキックだったらまず思いもしなかったことだろう。


 しかし獣人であっても分け隔てなく接するルークと出会ったことでキックは変わっていった。


 ポーマン村には《蒼穹の鷹》が護衛に当たっているという。


 ならば助けは期待できないはずだ。


 キックにとって今や森の中の村全てがクリート村と同じだった。


 どの村も貧しい暮らしをしている。


 だからこそ助け合いが必要なのだと思うようになっていた。



「ルークさん、俺からもお願いします」


 いつの間にかやってきたボルズがキックの頭に手を置く。


「こいつから言われた時は驚きましたがね、考えてみりゃ同じ森に住む者同士なんだかんだ持ちつ持たれつでやってきたんですよ。だったらこういう時こそ力を貸すもんじゃねえかと思いましてね。こいつは俺たち村人全員の総意だと思ってください」


「ボルズさん……」


「本来なら俺たちが出るべきなんですが正直言って魔獣活勢アクティベートでやってきてる魔獣は俺たちの手には負えねえんです。ルークさん、何から何まで頼りっぱなしで申し訳ないんですが、森のみんなを助けてください」


 ボルズが両手を床につき、頭を下げた。


 キックもそれに倣う。


 ルークにも2人が本気だということが分かった。


「わかりました。ポーマン村の助勢に行くことにしましょう」


「本当っすか!?」


 キックが顔をあげて目を輝かせた。


「確かに2人の言う通りだと思う。僕らだけが助かればそれでいいというものじゃないよね。魔獣活勢アクティベートが終わるまでできるだけのことはしよう」


「ありがとうございます!早速案内するっす!」


 ルークはアルマに振り返った。


「アルマ、一緒に来てくれるかな?君の助けも必要だと思うんだ」


「もちろん!ルークの行くところが私の行くところだから!」


 アルマが笑顔で頷いた。





    ◆





 クリート村から徒歩で1時間ほどのところにあるポーマン村は蹂躙の真っ最中だった。


 村を囲む木塀は既に破壊され、大小さまざまな魔獣が村の中に侵入している。


 痩せこけた村人たちが貧弱な武器で応戦しているが全く相手になっていない。


「畜生!冒険者たちは何をやってるんだ!村の中に入ってきちまってるじゃねえか!」


「あいつら金になる魔獣しか相手にしてねえんだよ!」


 村人の呪詛にも似た叫びが響き渡る。


 ヒクシンもその中に混じっていた。


 持ち慣れない槍を手に魔獣を相手に抵抗を続けている。


「クソ、村長の屋敷には絶対に近づけるなよ!女子供は全員そこにいるんだ!」


 そう叫ぶヒクシンだったが、その声には既に諦めが滲んでいる。


「そっちに行ったぞ!」


 警告に振り返ったヒクシンの目の前に巨大な影が立ちはだかった。


 家程の高さがある直立二足歩行の竜、レッサードラゴンだ。


 ガラス玉のような眼に睨まれたヒクシンは全身から血の気が引くのを感じた。


 今すぐにでも背中を見せて逃げ出したい衝動に駆られる。


 しかし背中の向こうには村長の屋敷があるのだ。


 そこには結婚したばかりの嫁も避難している。


 博打ばかりしてきたやくざな自分の元に嫁いでくれた出来過ぎた女だ。


 クリート村の邪魔をしに行ったのも2人で人生をやり直すためだった。


 言うことを聞けば借金を帳消しにしてやると《蒼穹の鷹》に持ちかけられたからだ。


 彼女だけは命に代えても守らなくてはいけない。


 せめて一太刀でも浴びせれば怯んで逃げてくれるかもしれない、そう思っているのだが恐怖に身がすくんで全く動くことができなかった。


 キリリ……


 レッサードラゴンが前肢のかぎ爪をこすり合わせる音が響く。


 その瞬間、ヒクシンの目の前にレッサードラゴンが飛び込んできた。


 全く反応することのできない速度だ。


 目の前に草刈り鎌ほどもある巨大なかぎ爪が迫ってくる。


 ― 死んだな ― そう思った時、突然レッサードラゴンの身体が吹き飛んだ。


「大丈夫ですか!」


 聞き慣れない声がヒクシンの耳に飛び込んできた。


「あ、あんたは……?」


「まだ生きています!下がってください!」


 叫ぶと同時にルークが左腕から矢継ぎ早に火炎弾を撃ちだす。


 強烈な爆炎に体を引き裂かれてレッサードラゴンは魔素へと変換されていった。


「ル、ルークさん、もう少し手加減を……こっちがやばいっす……ってヒクシンじゃねえか!」


「お、お前は……キック!?」


 爆炎の中からやってきたキックの姿にヒクシンが眼を丸くする。


「ルーク!そっちに1体いったよ!」


 煙の向こう側からアルマの声が響いてきた。


 呼応してルークが左手から光球を生み出す。


「話はあとです、今はこの魔獣たちを片付けてしまいましょう!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る