第102話:エルデ

「スパイクベアーはどこに?」


「あっちです!3頭もいやがるんです!」


「3頭だと!?群れるはずがないスパイクベアーが群れるなんて、これも魔獣活勢アクティベートの影響か?」


 森の中に入っていくと巨大な黒い影が見えてきた。


 以前戦ったスパイクベアーとほぼ同じ大きさだ。


 しかし今度は3体もいる。


 獣人たちの存在に気付いたスパイクベアーが咆哮と共に突っ込んできた。


「来るぞ!みんな気をつけろ!」


 身構える獣人たちの前にルークが歩み出た。


 肩に担いだ刷毛以外は何も手にしていない。


 ボルズが絶望的な叫び声をあげた。


「ルークさん無茶だ!」



 殺気と共にルークに襲い掛かるスパイクベアー。


 しかしその突進が突然止まった。


 ルークの手前10メートルほどから前に進もうとしない。


 唸り声をあげながらルークの周りをうろうろとしているが、その姿に先ほどの殺気は微塵も感じられなかった。


「こ、これは一体……」


 獣人たちは驚いて見守るばかりだ。


「これもルークの魔法なの?」


「違うよ。これのおかげなんだ」


 不思議そうな顔をするアルマに首を振るとルークは手にした刷毛を大きく振りまわした。


 穂先からはねた染料のしぶきがスパイクベアーへと振りかかる。


 スパイクベアーは情けない叫び声をあげると体を地面にこすりつけ、まるで何かから逃げ出すように森の中へと走り去っていった。


「ル、ルークさん、これは一体どういうことなんで?」


 ボルズは今も信じられないと言うようにスパイクベアーが逃げていった先を見ている。


「あのスパイクベアーがまるで小鹿みたいに逃げていくなんて」


「これが本来の効力なんですよ」


 ルークは持っていた刷毛を掲げた。


「これはエルデという一種の魔法薬で先ほどのエヴァーデの樹皮とカンムリギクの花弁から作れます。効能は見た通り魔獣避けです」


「まさか!?」


 ボルズが目を丸くする。


「い、いや、しかし確かにスパイクベアーが逃げ出した……だとすると本当に……?」


「効能は保証しますよ。以前は僕も使っていましたから」


「ルークが?」


 驚くアルマにルークが頷く。


「師匠と一緒に修行をしていた時にね。まだ魔法が上手く使えなかった時に魔獣避けとして教えてもらったのがこれなんだ」


「イリスが?……じゃあひょっとして」


「うん、僕もそれが気になってたんだ。ナミル村長、なんでこの村ではエヴァーデとカンムリギクを魔獣避けに使うようになったのか知っていませんか?」


「エヴァーデとカンムリギクですか?」


 遅れてやってきたナミルが不思議そうに首を傾げる。


「ひょっとしてこれも紅角姫と呼ばれる女神が伝えたのでは?」


「そ、その通りです。紅角姫様がこの2つの植物をこの地に植え、魔獣に襲われぬようにこの2つを絶やさぬようにと言い残したと言われています。それ以来今もその教えを守って植樹を行い、毎年種を育てておるのです」


「やはりそうなんですね」


 ルークが大きく頷く。


「おそらく1000年前にはエルデの作り方も伝わっていたのだと思います。それが長い年月の中で作り方だけが失伝し、エヴァーデとカンムリギクに魔獣避けの効能があるという部分だけが残ったのでしょうね」


「な、なるほど、それならは話のつじつまはあいますな。魔獣活勢アクティベートも1000年の間に波があり、全く発生せずに数十年を過ごした期間もあると聞きます。その時に製法が失われたとしても不思議ではない」


 ナミルが感心したように頷く。


「しかしこのエルデというのはとんでもない効果ですな。スパイクベアーまで寄せつけないとは。これなら本当に魔獣活勢アクティベートも防げるやもしれません」


「流石にドラゴンクラスは無理だけどオーガクラスなら寄せ付けないですよ。乾いても効能は残るので魔獣活勢アクティベートの期間でも十分のはずです」


 ナミルがルークに深々と頭を下げた。


「いや本当にありがとうござます。このようなものまで教えていただけるとは。ルークさん、あなたは本当に紅角姫様の再来なのでは?」


「そう言っていただけると光栄です。まだまだ師匠……じゃなくてその女神様の足下にも及ばないと思いますけど」


 照れたように鼻を掻くルークにアルマが頭を寄せてきた。


「ねえ、やっぱり紅角姫様ってイリスなのかな?」


「おそらくね。エルデというのは師匠オリジナルの魔法薬なんだ」


 ルークはイリスにエルデの作り方を教えてもらった時のことを思い出していた。



 ― こいつは覚えていて損はないよ。魔力を持たない者でも魔獣に襲われずに夜を過ごせるからね ―


 イリスはそう言ってエルデを作ってみせた。


 ― 材料は2つだけでどちらも簡単に手に入る。前もこれを教えたらえらく感謝されたもんだよ。あたしのことを女神なんて呼んでたっけ ―



 まさかイリスが伝えたその場所に来ることになるとは。


 ルークは不思議な運命を感じずにはいられなかった。


 でもこれでイリスが単に世界の脅威ではないという確信が更に強まった。


 むしろ神として崇められていた時代もあったのだろう。


 おそらく他の場所でも。


「もっともっと師匠のことを知りたくなってきたよ。この世界で何をしてきたのか、何を残してきたのか」


 ルークの言葉にアルマも頷く。


「そうよね、あれだけの力を持ってるんだもん、ただのエロ魔神ってわけはないよね」


「エロって……」


 苦笑いをと共にルークは獣人たちに振り返った。


「ともかく効能ははっきりしたことだし急いでエルデを量産しよう。まだ魔獣活勢アクティベートには間に合うはずです!」


「「「「「おおっ」」」」」


 獣人たちの喚声が森の中に響き渡った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る