第100話:めぐる因果

「ルークさん、それにみんなもどうしたんすか?」


 村の広場で大きな鍋を火にかけていたキックはルークたちが息を切らせてやってきたのを見て驚きの声をあげた。


 昨日からルークと合流していたリアもついてきている。


「しばらく村には来れないと聞いてたっすけど……」


魔獣活勢アクティベートがあると聞いて急いで来たんだ。どうなっているのか教えてくれないか?」


「そのことっすか……」


 キックの顔が険しくなる。


 その時村長の屋敷から物音が聞こえてきた。


 荒々しい足音と、険悪な雰囲気が伝わってくる


「いいか!ピットが見つからなければ貴様らも連帯責任だ!我々の保護は受けられないと思え!」


 叱責の声と共に広場に現れたのはランカーと《蒼穹の鷹》の一行だった。


「あなた方は……」


「!……貴様か、何故こんな所にいるのだ」


 ルークの姿を認めてランカーが苦々しい表情を浮かべる。


「聞きたいのはこっちです。いったい何故ここに?」


「貴様には関係ない!いや……待て、おい貴様ピットの行方を知らないか?数日前から行方をくらましているのだ」


「ピットが?」


 ルークが驚いたように目を見開く。


 当然これは演技だ。


 何故ならピットを匿っているのは他ならぬルークだから。


 あの夜ルークは帰ろうとしたピットを押しとどめてそのままファルクスのところで保護してもらったのだ。


 ルークたちが倉庫襲撃を防げば《蒼穹の鷹》は間違いなく情報漏洩を疑うだろう。


 そうなると真っ先に目を付けられるのはピットだ。


 ランカーたちのただならぬ態度を見るにその予想に間違いはなかったようだ。


「ひょっとして逃げられたのですか?とはいえあなた方の扱いようならば逃げたとしても不思議ではないですけどね。ここへは彼を探しに来たのですか?」


「ふ、ふん、あんなガキがどうなろうと知ったことではないが、あいつは我々の所有物だ。それを我々の許可なしに確保することはメルカポリスの法に抵触する。我々はメルカポリスの法のために奴を探しているのだ。もしこの村で匿っているようなら連帯責任を取らせてやる」


 ランカーのすまし顔がルークの胸の裡に広がる不安を掻きたてた。


 何か嫌な予感がする。


 ルークは先ほどのランカーの言葉を思い出した。


「先ほど保護と言っていましたが、それはまさか魔獣活勢アクティベートのことですか?」


「はっ、知っていたのか!」


 ランカーの顔が侮蔑に歪んだ。


「その通りだ!毎年やってくる魔獣の大攻勢、それからこの村を守ってやっていたのは他ならぬこの我々だ!この村の連中がピットが消えた責任を取らねば我々もここを守る義理はない、それを告げに来たのよ」


 そう来たか。


 ルークは心の中で歯噛みをした。


 ピットを匿ったことでクリート村を危機に晒すことになるとは……


「何言ってるんだか、今までだって依頼料をもらうだけもらって申し訳程度のことしかしてなかったくせに。村を守っていたのは俺たちだっての」


 ルークの傍らでキックがブツブツとぼやいている。


 ランカーがルークの陰に隠れるようにしていたリアを睨みつけた。


「貴様の兄は約束も果たせぬ卑怯者だ。貴様もこの村も卑怯者共の巣窟だ。まったく哀れな連中だよ」


「お兄ちゃんは卑怯ものじゃない!」


 ランカーに食ってかかるリアをルークが惜しとどめる。


「リア、落ち着くんだ」


「でも……でも、あいつら!お兄ちゃんやこの村の人たちを」


「わかってる。リアもピットもここの人たちも卑怯者でも哀れでもない。それは僕がよく分かっている」


 ルークはそう言うとランカーに振り向いた。


「要件は伝えたのでしょう?ならばこの村にもう用はないはずです」


「ふん、言われなくてもこんな薄汚れたところに長居する気などないさ。言っておくが今年の魔獣活勢アクティベートは過去最大とも言われている。命が惜しければせいぜい頑張ることだな」


 ランカーが憎々しげに口元を歪める。


「俺たちは既にポーマン村の護衛を受けているんだ。守ってほしけりゃそれなりのものを用意しておくんだな」


 グスタフがせせら笑う。


「条件によっては手を貸すのもやぶさかではありませんがね。報酬は……そうですね以前のサイクロナイトでどうでしょう。それをいただけるのであれば考えますよ」


 走竜に跨ったレスリーが冷淡に言い放つ。


 そんな条件を飲むわけがないとわかって挑発しているのは明らかだ。


「ま、私はこんな村がどうなろうと知ったことじゃないし~。せいぜいメルカポリスの防波堤になってね~」


 エセルはあくまで興味がないという様子だ。


 《蒼穹の鷹》はルークたちの横を通り抜け、村を去っていった。




「まったく、とんだ連中じゃわい。すいませんなルーク殿、折角来ていただいたのに不快な思いをさせてしまって」


 ため息と共にナミルがやってきた。


「リアをあなた方の下へ行かせておいて良かった。あいつら、ピットが隠れているのではないかと2人の家を滅茶滅茶にしていったのですよ。もしリアがあの場にいたらどんな目に遭わされていたか」


 リアの家に行ってみるとそこは目を覆うような光景が広がっていた。


 家財道具が全て外に投げ出され、家全体が崩れ落ちかけている。


「あいつら、ピットが見つからないとなると腹いせに攻撃魔法を撃ちこんできたのです」


「酷い……私の家が……こんなのってないよ……」


 リアが膝から崩れ落ちた。


 泥まみれになった人形に涙が零れ落ちる。


「リアちゃん……」


 アルマに掻き抱かれながらリアは泣きじゃくった。



「ごめん、リア」


 ルークがその傍らに膝をついた。


「これは僕のせいなんだ」


「ルークさんの?なんで?」


 涙に濡れた眼がルークを見上げる。


 その眼を見ていられず、思わず顔を背けそうになる。


 ルークは罪悪感で潰れそうになりながらなんとか言葉を絞り出した。


「ピットは僕が匿っているんだ。そのせいで村や君の家がこんなことに……」


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