第99話:ミランダの提案
「悪かったね、忙しいというのに時間を取ってもらって」
警備隊西地区詰所内にある応接室に案内されると既にミランダが待っていた。
その傍らには部下であろう女性兵士が直立している。
「詳しい話と言ってもむしろ僕の方が質問したいくらいなんですけど」
「そうだね。
「早いですね」
「あまり驚かないんだな」
「なんとなくそんな気はしていたので」
驚くというよりも面白そうにこちらを見つめるミランダにルークは肩をすくめてみせた。
「あいつらは《黒犬》という冒険者パーティーでね。昨晩言ったように冒険者というよりもチンピラと言った方が正確な連中で色々と黒い噂が絶えないのさ。権力者の汚れ仕事を引き受けているとかね。何か心当たりはないかい?」
「さあ。昨日も言ったように僕らはよそから来た人間ですから、この街の事情にはとんと疎いもので」
クラヴィが自分たちを目の敵にしていることは黙っておいた。
下手につついて蛇を出すようなことになっては堪らない。
「まあいいや、とりあえずそのことだけは知らせておいた方が良いと思ってね。今朝になって上から懲罰金が払われたから釈放するようにとお達しがあったんだよ。悪かったね、力になれなくて」
「いえ、今後は僕らの方でも警戒するようにしましたから気になさらないでください。それよりもそろそろ僕をここに呼んだ目的の方を話してくれませんか」
「へえ、なんでそんな風に思うんだい?」
ミランダの眼が光った。
「さっき言ってたじゃないですか、先に、と。つまり他に話したいことがあるということなのでしょう?」
「ハハ!それもそうだ!」
ルークの言葉にミランダが破顔した。
「ルーク、この際だから敬称抜きで呼ばせてもらうよ。あたしのこともミランダで構わないから。あんた、子供っぽい顔に見合わずなかなか
「すいません、子供っぽくて」
「いやいや、これでも褒めてるんだよ。それじゃあお望みどおり本題に入らせてもらおうかな、とその前にまずルークのことを話してくれないか?」
お茶を飲みながらミランダが話を続ける。
「僕のこと?」
「気を悪くしたなら謝るけど、君たちのことは調べさせてもらったよ。大したものじゃないか、あの《蒼穹の鷹》と一緒に花崗岩のダンジョンに行って攻略してきたんだって?」
「ああ、そういうことですか」
ルークが苦笑する。
なんのことはない、よそから来た自分たちの身体検査というわけか。
「いえ、何も大したことは」
「謙遜は無用だよ。《蒼穹の鷹》の連中はサイクロプスを倒したと吹聴して回っているけど彼らに倒せるとは思えない。となると君たちが力を貸したんじゃないのか?《黒犬》を倒した君たちならそれができても不思議じゃないと踏んでるんだけどね」
「買いかぶりすぎですよ」
ルークは否定とも肯定ともとれる返事を繰り返した。
ミランダの真意がわからない以上、真実を話すのは時期尚早な気がしたからだ。
そんなルークをミランダが愉快そうに眺める。
「用心深いねえ。別にこっちに君たちをどうこうしようという気はないよ。それよりもここからが本題になるんだけどそんな君たちを見込んで力を貸してほしいんだよ」
「僕らに?それはどういう意味ですか?」
「ここメルカポリスが街道沿いにできた交易都市国家ということは知っていると思うけど、加えてここは魔界に最も近い都市でもある、それは知っているかな?」
ルークが頷く。
ここに来る前から調べていたことだ。
メルカポリスは人族の国だけでなく魔界の商品も扱うことで大きくなってきた。
歪な形ながら獣人という亜人種と共存しているのもそのためだ。
「魔界に近いせいで魔獣の出現も多くてね。冒険者が多いのもそのためなんだけど、今の時期はその魔獣絡みで猫の手も借りたいくらいなんだ」
「どういうことですか?」
そう言えばここ最近は冒険者をよく見かけるような気がしていた。
祭りがあるからだと思っていたけど別の理由があるのだろうか。
「年に一度、夏至の前後は魔獣が一斉に狂暴化するんだ。あたしたちはこれを
「そういうことですか。つまりその手助けが必要だと」
ようやくルークは合点がいった。
「そういうこと」
ミランダがにやりと笑う。
「今年は夏至に新月が重なるから特に魔獣たちの勢いが増すと言われてる。あんたたちみたいに強い冒険者が加わってくれるなら大助かりなのさ」
「なるほど……」
そういうことであればやぶさかではない。
メルカポリスの背後には魔界から続く大きな森が広がっている。
もし魔界から魔獣が攻めてくるならかなり大規模な防衛体制を敷かなくては間に合わないだろう。
その時ルークは大事なことに気が付いた。
「待ってください、1つ質問があるのですが魔獣は森から来るんですよね?」
ミランダが頷く。
やはりか。
ルークの胸の裡に不安が広がっていく。
「だとすると森に住んでいる者たちはどうなるのですか?それも警備隊が守ってくれるのですか?」
ミランダが目を背けた。
「残念だが……それはできないんだ」
「できない?何故ですか?」
「メリカポリス警備隊はその名前の通りメルカポリスを守るために結成されている。つまり周辺の村々はその対象じゃないんだ」
「そんな!彼らだってこの都市の経済に貢献しているんですよ!」
「わかっている。だが警備隊はメルカポリス評議会が決めた方針に従わなくちゃいけない。あたしの一存でどうこうできるわけじゃないんだよ。それにそのために冒険者がいるんだ」
心苦しそうに眉をひそめながらミランダが話を続ける。
「警備隊はメルカポリスの都市内に魔獣が侵攻してこないように防衛する、そしてそこからあぶれた近隣の村々は冒険者が守るのが今までの通例になっているんだ」
「そういうことですか」
ルークは息をついた。
ただ見殺しにするというわけではないらしい。
「一応メルカポリスからも冒険者を雇うための補助金を出しているんだ。貧しい村が多いからね」
その言葉を聞いたルークの脳裏にクリート村の住人たちが浮かんだ。
あれだけ貧しい暮らしをしているのだから冒険者を雇う余裕なんてないはずだ。
ルークは立ち上がるとミランダに頭を下げた。
「すいません、折角のお誘いですがお断りさせていただきます」
「もうかい?まだ条件の話すらしていないってのに?」
ミランダが驚いたように目を見開く。
「すいません、これは金銭の問題じゃないんです。申し訳ありませんが時間がないのでこれで失礼します」
ルークは一礼すると返事を待たずに部屋を出て行った。
その姿を見送ったミランダが呆れたように頭を掻く。
「参ったね、まさかここまではっきり断られるなんて」
「いかがいたします?評議会に掛け合って正式に招集することも可能ですが」
「いや、いいよ。あの様子だと何をしても断られるだろうしね。それに
ミランダが傍らに立っていた部下の方を振り向く。
「少し気になることがある。至急セントアロガスに使いを送って彼らの身元を照会してくれ」
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