第98話:夜に潜む陰謀
「なんだこれは!?殺し合いでもあったのか?」
通報を受けてやってきたメルカポリス警備隊西地区小隊長ミランダ・コールズは現場の惨状に思わず顔をしかめた。
石造りの地味な倉庫の壁が血に染まり、あたりには男たちがものも言わず転がっている。
無事なのは若い男女2人だけだ。
「まさか、あんたらがこの人数を?」
「すいません……」
「あんたがやったってのかい!?」
恐縮するアルマにミランダは目を丸くした。
こんなか細い女性が屈強な男たちを完膚なきまでに叩きのめせるなんて、とてもじゃないが信じらない。
「た……助けて……」
息を吹き返した男が震える声でミランダに助けを求めてきた。
「お、お願いだ……何でもする……だから、い、命だけは……ひっひいいっ!」
アルマに気付いた男の顔が恐怖にひきつる。
男は半狂乱になってミランダにすがりついた。
「た、助けて!頼む!あ、あの女、あの女を近づけさせないでくれ!悪魔だ、あいつは悪魔だ!助けてくれええ!」
「まさか……本当だってのかい……」
ミランダは驚くしかなかった。
◆
「つまり、こういうことかい。あんたらはここをそのクリート酒とやらを売るための倉庫に使っていて、妬んだ商売敵が邪魔することを察知して張り込んでいたと」
「かいつまんで言うとそういうことです」
ルークはピットの存在を黙っていた。
話したところでピットの利になることはないと判断したからだ。
今回の件はふとしたことから襲撃の情報を手に入れたということにしておいた。
「しかし……だからと言って8人のチンピラを素手であそこまでできるものなのかね」
ミランダは納得いかないようだ。
「すいません!本っ当にすいません」
アルマはひたすら謝り続けている。
「知らないかもしれないけどあいつらはこの辺じゃ有名な冒険者崩れなんだ。大の男が束になったって敵いっこないはずなんだけど」
「それなら僕らも冒険者だからですよ」
「あんたたちが?」
「ええ、僕らはセントアロガスから来たんです。冒険者としてメルカポリスでも簡易登録してます」
ルークはそう言って登録証をミランダに見せた。
「なるほど、確かにここの登録証だね。名前はルーク……それにアルマ・バスティール……冒険者ならあいつらともやり合える……か?」
2人の登録証を見ながらミランダが頷く。
それは納得したというよりも自分に言い聞かせていると言った方が近いだろう。
「ともかく2人の身柄は私が保証するよ。なんだったら西町にいるファルクス・コンドールって商人にも確認しておくれよ」
騒ぎを聞きつけて戻ってきていたナターリアがミランダの前に出た。
「いや、その必要はないよ。あんたらの身元は十分わかったし犯罪者を捕まえた功労者を疑うような真似はしないよ」
ミランダは笑いながらルークに登録証を返した。
「でもあんたには明日になったら一度西区の警備隊詰め所まで来てもらえないかな。今夜はもう遅いから明日改めて詳しい話を聞きたいんだ」
「はあ」
返事をしたものの、ルークはその真意を測りかねていた。
いったい何を聞きたいというのだろうか。
まさかクラヴィが警備隊も抱き込んでいるとか?
いや、それならばこの場で難癖をつけてくるはずだ。
それにミランダの態度に不審なところは見られない。
警備隊としても自然なふるまいだ。
ルークはひとまずミランダの言葉に従うことに決めた。
「それじゃこいつらの処遇はこっちに任せてもらうよ。メルカポリスの法に則ってきっちり裁きを受けさせてやるから安心しておくれ」
こうしてミランダと警備隊は男たちを連行して去っていった。
静けさを取り戻した倉庫を見ながらシシリーが不安そうに呟く。
「結局なんだったんだろう……」
「さあ、でもこれで何者かが僕たちを疎ましく思っていることがはっきりした。今まで以上に気を付けた方が良いだろうね」
ルークは倉庫に積み上げられた木箱を見上げた。
あと1カ月ほどで全てはける予定だがそれまでは油断できそうにない。
「これからは交代で不寝番を行った方が良いだろうね。今夜は僕がするからみんなは休んでくれないかな」
「うう……折角の夜が……」
アルマの悲しげな声が倉庫の中に空しく響いていった。
◆
「失敗しただと!」
ベッドの上でランカーが吠えた。
横にいた半裸の娼婦が驚いたように飛び起きる。
「あ、ああ、さっき確認した。どうやら《黒犬》の連中は全員とっ捕まっちまったらしい」
「クソ!」
グスタフの報告にランカーは苛立たし気に髪を掻き上げた。
「どうするよ、ランカー。俺たちの仕業だってばれたら……」
「それはない。あいつらはこういうことに慣れてるからな。しらばっくれるうちに懲罰金を払ってお終いだ。しかし奴らが警備隊の取引に応じるかもしれんからさっさと払ってやらねばならんだろう。クソ、とんだ出費だ!」
ランカーが苛だたしげに払い落としたグラスが砕け散り騒々しい音を立てる。
「こうなった以上おいそれと手を出すわけにはいかんだろう。仕方がない、この件は失敗したとクラヴィに報告するしかない。どうせこっちは大した稼ぎじゃないんだ、奴らが苦労しようが知ったことか」
「そ、そうだぜ、こんなしょぼい仕事受けるだけ無駄だったんだ。クラヴィの野郎にゃいい薬さ!」
あくまでランカーの太鼓持ちに徹するグスタフだった。
元々深く考えるのが苦手なグスタフは面倒ごとの判断は全てランカーとレスリーに任せようと決めていた。
それで今まで上手くいっていたのだから今回も上手くいくだろう……
「その通りだ。それよりも
ひとしきり叫んだことで落ち着きを取り戻したランカーはグラスに手を伸ばし、今しがた自分が床に叩き落としたことに気付き軽く舌打ちをした。
「おい、奴隷、さっさと替えのグラスを持ってこい」
ドアの向こうにいるはずのピットに呼びかけたが返事がない。
「おい、あの奴隷はどうした?」
「?奴なら俺が来た時もいなかったぜ?」
2人は顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
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