第93話:再びメルカポリスへ
「戻ってきたのはいいけどこのままだと今までと同じように断られるだけなんじゃ?」
「うん、だから今回はまず師匠のところに行こうと思ってる」
メルカポリスに戻ってきたルークたち一行はナターリアの先頭に街外れの道を歩いていた。
「師匠?」
「そ、私に商売の初歩を教えてくれた人。会ったらびっくりするかもね」
「そしてこちらが私の師匠」
「誰が師匠じゃい」
腰の曲がった鷲頭の獣人が顔をしかめながら切り捨てる。
ルークたちが案内されたのはメルカポリスの街外れに辛うじて建っている傾きかけたボロ屋だった。
「お主が勝手に押しかけてきたんじゃろうが」
老獣人はぶつくさ言いながらもルークたちにお茶を差し出す。
「すいません、お邪魔しちゃって」
「なに構わんよ。儂の名前はファルクス・コンドール。昔はこの街で商売の真似事もしておったがこの通り今は引退しておる。じゃからたまの客人は大歓迎じゃよ。自称弟子は別じゃがの」
「そんないけずなこと言わないでくださいよ~」
ナターリアは全く意に介していない。
おそらくこの2人にとってよくある掛け合いなのだろう。
「ふん、いたいけな老人にいつもいつも無理難題を持ちかけてくるくせに。それで、今回はどんな用なんじゃ」
よっこいしょと言いながらファルクスが専用であろう擦り切れかけたソファに腰を下ろす。
「へへ、その前にまずは師匠に差し入れだよ。一口飲んだらきっと驚くよ」
ナターリアが含み笑いをしながらクリート酒の瓶を取り出した。
「なんじゃい、それは。またみょうちくりんなものを持ってきおって……こ、これは……!?」
カップに注がれたクリート酒を胡散臭そうに眺めていたファルクスだったが、鼻先に持ってきた途端にその表情が変わった。
一口飲んで更に眼の色が変わる。
「これは……クリート酒ではないか!」
「やっぱりわかるんだ。流石は師匠だね」
「し、しかしこんなクリート酒は初めてじゃぞ。しかも透明ときた。一体どんな魔法を使ったんじゃ?」
「そこはこのルーク様のおかげですよ」
ナターリアが得意げにルークを指ししめす。
「お主の……?」
「いえ、僕がしたというわけではないんですけどね」
ルークは自己紹介をしてからファルクスに今までの経緯を説明した。
何故クリート酒が透明になったのか、透明になったことでどういう変化があったのかを。
「……そうか、そんなことがあったのか……」
ルークの説明を聞き終わったファルクスはソファに背を預けると深く息をついた。
「あそこではまだクリート酒を作り続けておったのだな……」
その声には微かな哀愁と懐郷の響きが含まれている。
「師匠はクリート村の出身なのよ」
「余計なことを言うでない……とはいえその通りじゃがな」
小声で説明するナターリアをファルクスが苦笑と共にたしなめる。
「そ、そうなんですか!?」
リアが目を丸くした。
「もうずいぶんと昔の話じゃよ。お嬢ちゃん、お主の顔には見覚えがあるな。ひょっとしてダイアナの子供かね?」
「ダイアナは私のお祖母ちゃんです!私が生まれる前には亡くなっていましたけど」
「ほっ!そうかそうか、ダイアナの孫か!あの別嬪によく似ておる。しかし孫か、儂も年を取るわけじゃわい」
目を細めて笑っていたファルクスは感極まったようにため息をついた。
「村を飛び出すように出てからがむしゃらに商売をしてきた。気が付けばもう何十年も帰っておらん。おそらく儂のことを覚えているものもほとんどおらんじゃろう。このクリート酒だって若い頃に飲んだものとは全く違う。時の進みというのは残酷なものじゃな……」
眼尻に刻まれた深い皺が費やしてきた年月を語っている。
「師匠、私はこのクリート酒をメルカポリスで売ろうと思ってるの」
ナターリアが切り出した。
その眼は今までにない位真剣な眼差しをしている。
「味については師匠もわかったでしょ。それにこれは今までのクリート酒と違って長期保存が可能だから廃棄損失も少ない。売ることができれば師匠の故郷だって潤う。やらない手はないよ」
「……ふん、いっぱしのことを言うようになったではないか。どうやら本気でやるつもりのようじゃな」
ファルクスがにやりと笑う。
「よかろう、儂の認可証を貸してやろう。ついでに儂の馴染みにも話をつけておいてやる。じゃが実際に売れるかどうかは貴様次第じゃぞ」
「ありがとう師匠!」
ナターリアが飛び上がるように立ち上がった。
「よっしゃあ、これで大手を振って売れるぞお!早速行かなくちゃ!」
「待てい。まだ話は終わっておらんぞ」
その肩をファルクスががっしと掴む。
「なに?私忙しいんだけど」
「何じゃないわい!商人だったらまずは契約じゃろが!言っておくが認可証を貸与する以上、利ザヤはきっちりもらうからの!」
「ケチ!その位良いじゃない!」
「良いわけあるかい!ほれさっさと紙を用意せんか、契約書の作成を行うぞ。全く、お前はいつになってもこういう大事なところを疎かに……」
「ちょ、ちょっと待った!それなら私も混ぜてよ!私だってこの案件に関わってるんだから関係者でしょ!」
シシリーが2人の間に割って入る。
「シシリーさんと言ったかな。よかろう、あなたも入るといい。ついでにこの街の商習慣についても教えてしんぜよう。セントアロガスのそれとは勝手が違うでな」
「ありがとうございます!」
周りをそっちのけで商売の話に入ってしまった3人にルークは苦笑するしかなかった。
「ハハ……なんだか凄いコンビだね」
「でもシシリーも楽しそう。やっぱりシシリーにはこういう商売ごとが合ってるんだろうな」
熱心に話し込む3人を見てアルマが微笑んだ。
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