第94話:2人の商人

「やれやれ、やっと一段落ついたわい。まったく、年寄りを寄ってたかって責めよって。とんだ若造共じゃ」


 ファルクスがうめき声と共に腰を伸ばす。


 クリート酒の販売についての取り決めが終わったのは日が傾きかけた頃だった。


「何もないが食事位はしていくといい」


「だったら私が作ります!」


 リアが立ち上がる。


「そうかい、それならば台所の使い方を教えてあげよう。さ、こちらへおいで」


 台所から戻ってきたファルクスは再びソファに身を沈めるとルークの方を見た。


「さて、ルークとやら、お主も私に何か聞きたいことはあるかね。この街についてだったらある程度答えられると思うがの」


「それでしたら……」


 ルークは腰を浮かしかけた。


 聞きたいことは山ほどある。


 《蒼穹の鷹》のこと、クラヴィのこと、獣人のこと……しかしその前にやっておくことがあった。


 ルークは鞄の中からサイクロナイトの片割れを取り出してテーブルの上に置いた。


「まず最初にこれを見立ててもらえませんか」


「ほう……?」


 ファルクスの表情が一変する。


「サイクロナイトか……これほどのサイズと高純度のものは久しぶりじゃな」



「師匠、それのこと知ってるんだ」


「当たり前じゃい!儂は元々魔輝石専門なんじゃぞ。サイクロナイト如き飽きるほど見てきたわい!」


 ナターリアの軽口に怒鳴り返すとファルクスはサイクロナイトをためつすがめつ眺めまわした。


「ふむ……無加工であるとはいえこれは金貨150……いや、儂なら200枚の値を付けるな」


「200枚!?」


 シシリーが飛び上がった。


「これほどのサイズのサイクロナイトは最近はなかなか手に入らなくなっておるからの。とはいえ儂が買い取ることは出来んぞ、なにせそれだけの手持ちはないからの」


「いえ、ともあれありがとうございます。それだけの価値になるならクリート村も助かるでしょうし」


「お主、それをクリート村に使うつもりなのか?」


 ファルクスが驚いたように眉を吊り上げた。


「元々これは獣人たちのものなんです。僕はただ預かっているだけと思っています」


 ルークはことの経緯をファルクスに説明した。


 獣人たちがサイクロプスを倒したこと、自信をつけたみんなは村を盛り上げようとしている、と。


「そうか……」


 ルークの話を聞いたファルクスが深く息をついた。


「若い頃はあの村が嫌いでしょうがなかった。村人はみなその日を生きることにしか興味がなく明日を見ようともせん。メルカポリスで商人になってからはあの村出身であることが自分の傷であるような気がして必死で隠したこともあった。しかしそうか……クリート村も明日を見るようになったのか……」


 呟くファルクスの顔にはどこか晴れ晴れとした表情が浮かんでいる。


「ルークさん、話してくれてありがとう。おかげで長年の首のつかえが取れた気がしましたわい。他にも何か聞きたいことはありますかな?」


「それではついでにお聞きしたいのですが、クラヴィ・セルフィスという商人はご存じでしょうか。実は……」


「クラヴィ!そ奴の名を儂の前で口にしてくれるな!」


 ファルクスが突然激昂した。


「ああ、すいません。ルークさんには関係のない話でしたな。どうも奴のこととなると気が気ではなくなってしまいましてな」


「すいません、なにか個人的な事情がおありのようですが、よろしければ教えていただけませんか。実はここで商売をしていくうえで彼が僕らに横槍を入れてくる可能性があるんです」


 ルークはクラヴィとの出会いをファルクスに説明した。


 《蒼穹の鷹》がクラヴィと懇意であり、《蒼穹の鷹》もまたルークたちを目の敵にしていることも。


「ふん、《強欲クラヴィ》にその腰巾着の《蒼穹の鷹》か。お主らも厄介な奴らに眼をつけられたものじゃな」


 ファルクスが憐みのこもった声でため息をつく。


「クラヴィ、名前を口にするだけで怒りがこみあげてくるが、奴は強欲横暴が服を着ているような男じゃよ。自分の利益のためなら他人を平気で蹴落とすあ奴に眼を付けられて全てを奪われた者は10や20では効かん。奴がどうやってこの街を食い物にしてきたか話せば一晩では終わらんぞ」


「あ……でしたらそれはまた今度の機会に」


「いーや、聞いてもらおう。あ奴と出会ったのは儂が20歳の時じゃ……」


 こうしてファルクスの長い話が始まった。





    ◆





「ほうほう、今回は大猟じゃないか。良いぞ良いぞ、この魔石など高く売れるに違いない」


 クラヴィはホクホク顔でテーブルの上に並べられた獲得品を眺めていた。


 全て花崗岩のダンジョンから《蒼穹の鷹》が持ち帰ってきたものだ。


「まったくですよ。今回は骨が折れました。報酬にも色を付けてほしいものですね」


 ランカーが得意げに胸を張る。


 《蒼穹の鷹》はギルド越しではなくクラヴィから直接依頼を受けている。


 言うなればクラヴィがスポンサーとなっているプロの冒険者というわけだ。


 なので獲得物は全てクラヴィが引き取ることになっている。


 ランカーは懐からサイクロナイトを取り出した。


「そうそう、今回はダンジョンボスも討伐しましてね。これは相当のお宝のはずですよ。金貨200、いや300枚はくだらないかと」


 テーブルに置かれたそれを見たクラヴィの眉が微かに動いたが、すぐに興味ないというように視線を逸らした。


「そこまでのものではないな。完全に揃っているならその価格もあり得たが割れてしまっているのではな。せいぜい金貨100、いや80枚と言ったところだろう」


 チッ、とランカーは心の中で舌打ちをした。


(この強欲爺、この価値を知ってるくせに足下を見やがって)


 《蒼穹の鷹》とクラヴィは持ちつ持たれつの関係にある。


 クラヴィの人脈と裏工作で《蒼穹の鷹》は冒険者として名を馳せ、《蒼穹の鷹》の知名度を利用してクラヴィは自分の商売を広げてきたからだ。


 《蒼穹の鷹》が使っていると聞けば人はみなクラヴィの武器防具を買い、《蒼穹の鷹》が通っていると知ればクラヴィのレストランには長蛇の列ができた。


 そして《蒼穹の鷹》はクラヴィの人脈と情報網を駆使して他の冒険者たちを出し抜いてきたのだ。


 しかしそれも所詮は金の繋がりだ。


(今は我慢だ、この爺から搾り取れるだけ搾り取ったらさっさと手を切ってやる)


「ハハ、御冗談を。このサイクロナイトが高純度なことは素人である私でもわかりますよ。クラヴィさん、冒険者稼業だって楽じゃあないんですよ。私たちの仲じゃあないですか」



「そうだな……確かに君たちには活躍してもらっているから報いねばならないな……そうだ!今度新しい酒を売ることになっているのだよ、それを《蒼穹の鷹》御用達ということにしよう!これはいいぞ、酒の名前は……《蒼穹の盃》、でどうだ?《蒼穹の鷹》公認となればロイヤリティとして君らにも売り上げの一部が入る、これはいいぞ!さっそく宣伝の打ち合わせをしようじゃないか!」


 クラヴィは嬉しそうに叫ぶとランカーの肩を叩いた。


 しかしその眼の奥は全く笑っていない。


(このガキども、最近調子に乗ってきたな。そろそろ切り時かも知れんが儂の裏仕事をやらせてる以上慎重にならねばいかんだろうな)


「ありがとうございます!ご厚意に感謝します」


 ランカーが朗らかな笑みを見せる


 心の中で短剣を握りしめながら握手を交わす2人だった。


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