第91話:ピット・ストレイ・クリート

「なんなのよ~こんな夜更けに?」


「ルーク!大丈夫!?」


 リアの叫び声に隣室で寝ていたシシリーとアルマが飛び込んできた。


 立ち尽くすルークとその傍らで泣いているリアを見て固まる2人。


「えっと……お邪魔だった……?」


「ル……ルーク……これは……」


 ガシャガシャとアルマの全身が展鎧装輪てんがいそうりんに包まれていく。


「違う!誤解だ!」


 夜の闇の中にルークの必死な叫びがこだまするのだった。







「お母さんは私たちが小さい頃に病気で亡くなり、お父さんもダンジョン攻略で魔獣に殺されてしまいました」


 震える声でリアが話し始めた。


「それからはお兄ちゃんがずっと私の面倒を見てくれたんです。まだ小さくて働けなかった私の代わりに村の雑用をしたり、時には冒険者に同行してダンジョン攻略に行くこともありました。私たちは貧しくても幸せだったんです。でも……」


 リアが目頭を拭う。


「私が病気になっちゃって、治すには莫大なお金が必要になったんです。お兄ちゃんはそのお金のためにあいつらの奴隷に……」


「そうだったのか……」


 ルークは天を仰いだ。


 それならばあの尋常ではない忍耐にも納得できる。


 奴隷だからといって主人がその生殺与奪権まで握っているわけではない。


 殺せば逮捕されることだってあるし逆に過酷な労働を強いたために奴隷に殺される事件だって起きているのだ。


 それでもピットがあの扱いに甘んじているのは妹の生活を守るためなのだろう。


 逃げ出すことだってできたはずだがそうすればその責が妹にも及ぶかもしれない、そう考えて耐えているのではないだろうか。



 リアは涙をポロポロ流しながらしゃくりあげていた。


「私だって本当は感謝してるし申し訳ないと思ってる……でもそう思えば思うほど苦しくなって……いっそ嫌われたらお兄ちゃんも私のことは構わずに自由になれるんじゃないかって……」


 アルマとシシリーがそんなリアの両側に座って優しく肩を支えている。


「かわいそうに、ずっと辛い思いをしてきたのね」


「あいつら、それを利用してずっとあの子をこき使っていたんだ。なんて奴ら!」


 2人の眼にも涙が浮かんでいる。


「リア、君がそんなに思いつめる必要はないんだよ」


 ルークはリアの前にしゃがみ込むとその手を取った。。


「ピットがあれだけの仕打ちに耐えているのも全て君のために彼が選んだ道なんだ。だからそんなに自分を責めないで」


「う……うあああああん!!!!」


 リアがルークの腕の中に飛び込んできた。


 胸に顔をうずめて声をあげて泣きじゃくっている。


 ピットは裏切り者の烙印を押されていた。それ故に村の中で相談できる相手もいなかったのだろう。


 積もり積もっていた感情が堰を切って溢れだしていた。


 リアの気分が静まるのを待ってルークは静かに口を開いた。


「リア、ここは僕に任せてくれないか。必ず君のお兄さんを救い出してみせるから」


 その言葉にリアが驚いたようにルークを見上げる。


「でも……」


 ルークはリアの眼を拭いながら優しく微笑んだ。


「おせっかい、というわけでもないんだ。《蒼穹の鷹》とはこれで無関係という訳にはいかないだろうからね。そうなるといずれピットとはまた関わることになると思う。だからその時になんとかしてみせるよ」


「本当に?」


「ああ、約束だ。だからその時はきちんと自分の気持ちをピットに告げるんだよ。何も言えずに別れてしまったら後悔だけが残るからね」


 それはピットも同じはずだ。


 ルークはピットにかつての自分の姿を重ねていた。


 このまま妹と本心を通わせずに離れ離れになるのを見過ごすわけにはいかない。


「だからもうしばらく待っていてくれないかな?僕らはまだしばらくメルカポリスに留まることになると思うからその間にピットのことをなんとかするよ」


 ナターリアとシシリーが意気投合したとはいえメルカポリスの商人たちがすんなり認めるとも思えない。


 ある程度軌道に乗るまではここに留まる必要があるだろう。


「わかりました……」


 涙を拭いたリアの眼には再び生気が戻っていた。


 そして決心したようにルークを見上げる。


「それじゃあ、その間私にルークさんのお手伝いをさせてください!」


「ええっ!?それはちょっと……」


 意外すぎるリアの提案にルークは驚くしかなかった。


「お願いします!私だけ何もせずに待っているなんてできないんです!せめてお手伝いだけでもさせてください!料理、洗濯、掃除、身の回りのことは全部やりますから!」


 再び頭を下げるリア。


「ど、どうしよう?」


 ルークが困ったようにアルマとシシリーを見る。


 まだ修行中の身である自分が助手なり従者なりを従えるなど考えたこともなかった。


 しかし断ろうにも今のリアはちょっとやそっとでは考えを変えそうにない。


 それにここで拒絶してしまうと今さっき交わした約束まで嘘になってしまうような気がした。


「私は賛成。事情を知っちゃった以上リアちゃんをこのままにはできないもの!」


 アルマはきっぱりと言い切るとリアを抱きしめた。


「リアちゃん、もう安心していいからね。私たちが守ってあげるから!」


「私も賛成……というか実は助手が欲しかったところなんだよね。やっぱり土地勘のないところに何も知らずに乗り込むのは無謀だったと痛感してたし」


「……わかった。それじゃあリア、今日からよろしく頼むよ。でも君は小間使いでも奴隷でもない、僕らの仲間だ。けっして自分が下だなどとは思わないように、それだけは覚えておいてくれ」


「はいっ!よろしくお願いします!」


 リアが大輪の花のような笑顔と共に頷く。


 こうしてリアは2人に伴われながら部屋を去っていった。



「ふう~」


 大きなため息と共にルークはベッドに倒れ込んだ。


 なんだか大事おおごとになってきたと改めて実感がわいていた。


 まさか本当に《蒼穹の鷹》と事を構えるようになるとは。


 おそらく今度はダンジョンでのように妥協で済ますわけにはいかないだろう。


 場合によってはメルカポリス全体を相手にすることになるかもしれない。


 それでもリアに言った言葉に偽りはなかった。


 ピットはなんとしてでも自由にさせる、そう決めていた。


「まずシシリーを手伝って商売の足掛かりを作る、そしてピットの件で《蒼穹の鷹》と話を付ける、か……一筋縄ではいかないだろうなあ」


 そんなことを考えながらいつしかルークは眠りに落ちていた。


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