第90話:クリート酒

「「「「な、なんだってーーーっ!?」」」」


 獣人たちから驚きの声が上がる。


「馬鹿な、クリート酒ってのはもっとこう……白く濁ってるもんだぜ?」


「こんな水みてえなクリート酒なんて見たこともねえよ!」


「おそらく灰を入れたことで成分が変わったのだと思います。でも大丈夫、僕の解析では問題なく飲めますよ」


 ルークはその透明な液体をコップに入れると口へ運んだ。


 一口飲んだその顔が驚きに変わる。


「美味しい!これは……更に美味しくなっている!」


「本当?」


「ああ、これは凄いよ。確かにクリート酒なんだけどほとんど別物みたいになってるんだ。アルマも飲んでみて!」


「……ル、ルークがそこまで言うなら」


 ルークからコップを手渡されて恐る恐る飲んだアルマの眼が驚きに見開かれた。


「本当だ……凄く美味しくなってる!なんていうか……すっきりして飲みやすくなってるよ!」


「本当に?じゃあ私も……美味っ!何これ?」


 アルマから受け取ったコップを一息に飲み干したシシリーは飛びつくような勢いで追加の酒を注いだ。


「美味いどころじゃないよ!それなのにあっさりしていて水みたいにするする飲めそう!」


 そこまでくると不信そうな眼で見ていた獣人たちも好奇心を抑えられなくなってきたらしく、次々と樽に群がってきた。


「どれどれ……うおっ!本当だ!こいつはどえらく美味くなってるぞ!」


「本当だ!こいつは一体どうなってるんだ?」


「なんだこれは?魔法でもかけられたのか?」


 一口目に驚き、二口目にはそれが喜びに変わり、三口飲んだ頃には踊り出さんばかりになっている。


「ルークさん、これは一体どういうことなんすか?」


「おそらく灰がクリート酒の中のえぐみや酸味を中和させたんだと思う。山菜の灰汁抜きのような作用が働いてるんだろうね。それに今までのクリート酒よりも安定している。おそらく日持ちも良くなってるはずだよ」


「「それ本当!?」」


 ルークの言葉にナターリアとシシリーが食いついてきた。


「どれくらい持つの!?半年?1年?10年?」


「さ、流石にそこまでは……でもこのままでも半年以上は大丈夫だと思う」


「よっしゃああ!」


 ナターリアが両腕を天に突き上げる。


「これでクリート酒を売れる!これ全部私が買うからね!」


「あ、でも樽だと味が変わりやすくなるから別の容れ物の方が良いかも。例えば瓶とか……」


「それだったら私の瓶はどう?このお酒を入れるのにちょうどいいと思うけど」


 シシリーが鞄の中から持ってきた瓶を取り出した。


「ちょっとシシリー、あなたこんなところにも持ってきてたの?」


「もちろん!商売のチャンスはどこに転がってるかわからないからね!」


 ナターリアはシシリーの持ってきた瓶をしげしげと眺めると感心したように眼を見張った。


「へえ、これはいいね!メリカポリスで売ってる瓶よりも遥かに質が高いじゃないの。これなら見た目でもそこらの酒に負けないくらいになるよ!」


「決まりだね!じゃあ我がシシリー貿易はナターリアと独占契約を結ぶということで!」

「異論なし!」


 固い握手を交わす2人。


 その様子を見てアルマが呆れたようにため息をつく。


「……なんか勝手に話が進んでるけどいいのかしら」


 その横でルークが静かに微笑む。


「いいんじゃないかな。この村のみんなも喜んでるみたいだし」



 ルークの言葉通り樽の周りでは獣人たちが肩を組み合い、歓喜の踊りを踊っていた。


「俺たちクリート村の新たな名産物の誕生だ!」


「これで貧乏暮らしともおさらばだぞ!」


「俺たちのクリート酒に乾杯だ!」



 こうして宴は夜遅くまで果てることなく続いていった。





    ◆





「……クさん、ルークさん」


 その夜、泊めてもらった村長の屋敷でルークは何者かに体を揺すられて目を覚ました。


 既に夜は更け、あれほど浮かれ騒いでいた獣人たちも既に寝ているらしい。



「君は……」


 それは街で襲われていた少女だった。


 ピットの妹で確か名前はリアと言っていたような……


「リアと申します。あの……」


 リアはもじもじしながらルークの前に立っていたが、やがて意を決したように膝をつくと頭を下げてきた。


「こ、この前は助けていただきありがとうございます!それなのに無礼な態度を取ってしまって、本当に申し訳ありません!」


 床に頭をこすりつけ、全身を震わせている。


「リア、頭をあげてくれないか。謝られるようなことは何もしていないんだから」


 それでもリアは頭を上げようとしない。


「で、でも、私……村の恩人に無礼な真似を……」


「いいんだ、誰だってそんな時はあるよ。さあ、怒っていないから顔をあげて」


 ルークの言葉にようやくリアが顔をあげた。


 その眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「リア、君たちのことは村人から聞いたよ。君はあの時僕たちにではなくピットに怒っていたんだね?良かったら話を聞かせてくれないか?」


「それは……」


 躊躇うようにリアが目線を下げる。


 本来であれば家族の問題に立ち入るのはルークとしても本意ではない、が今回は話が別だ。


 《蒼穹の鷹》のピットに対する扱いは常軌を逸している。このままではいずれピットは壊れてしまうだろう。


 それをわかってむざむざ見過ごすことはできなかった。


「ピットにはダンジョンで会ったよ」


 ルークの言葉にリアの肩が小さく震えた。


「彼ら、《蒼穹の鷹》のピットに対する扱いは酷いものだった。あれではもはや彼らの鬱憤うっぷんを晴らすための人形だ。あのままだとピットの身が危ないと思う。君も勝手に村を出たピットには思う所があるだろうけど――」


「違うんです!」


 リアが叫んだ。


 その肩が小さく震えている。


「ピットは……お兄ちゃんは村を逃げ出したんじゃないんです。全部……私のせいなんです」


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