第89話:遺恨と寛容
「「「「なんだってえ!」」」」
獣人の言葉に宴の場が一気に騒然となる。
「こいつだ!こいつがやりやがったんだ!」
獣人が連れていた男を床へと投げ飛ばした。
「お、おめえは……ヒクシンじゃねえか!」
キックが目を丸くする。
「キックの知り合いなのかい?」
「そ、そうっす……こいつは隣村のポーマンの男っす。昔は割とつるんでたこともあるんすけど……そ、それよりもクリートが駄目になったってどういうことなんだ!」
「この野郎が樽の中に灰をぶちまけやがったんだ!」
ヒクシンという男を連れてきた獣人が憎々しげに睨みつける。
「はあっ!?おいヒクシン、てめえそれは本当か!」
「……へっ、だからどうしたってんだよ」
ヒクシンが開き直ったように唾を吐いた。
「て、てめえ……」
「だいたいなあ、俺は前からてめえら獣人が気に食わなかったんだよ!てめえらのせいで俺たちまで街の連中から白い眼で見られてるんだぜ?このくらいのことされて当然なんだよ、てめえらは!」
「ふざけんじゃねえ!貧乏なのはお互い様じゃねえか!それを俺たちのせいだあ?どんだけ甘えてんだてめえら人族は!」
ヒクシンの胸倉を掴んだキックが拳を振り上げる。
それを止めたのはルークだった。
「待った」
「ルークさん、止めないでください!こいつみたいな奴のせいで俺たち獣人がいつも下を向いて生きていかなくちゃいけないんすよ!」
「いや、そうじゃないんだ」
そう言うとルークはヒクシンをじっと見つめた。
「な、なんだってんだよ。俺に何か用かよ」
見透かすようなルークの視線にヒクシンが落ち着かないようにもじもじと体を揺らす。
ヒクシンを見ていたルークはやがて静かに目を伏せると左手を伸ばした。
「どうやら直接視てもらった方が早いだろうね。
ルークの魔法と共にヒクシンの着ていたベストの肩口が光り、手形が浮かび上がった。
「ヒクシンさん、あなたは
「なっ!なんでそれを……!?」
ヒクシンが目を丸くする。
ルークはため息をついた。
「やはりですか」
「ル、ルークさん、どういうことっすか!?」
「このヒクシンという男の肩についている手形、これはランカーが今日付けたものなんだ。つまりその時に何かを頼まれたかもしれない。例えばクリート村に嫌がらせをしてこい、とかね」
「なんだって!?おいヒクシン!それは本当なのか!?」
「し、知らねえなあ」
目を逸らして
キックがギリギリと歯ぎしりをした。
「あの野郎……それにしても何でルークさんはそのことに気付いたんすか?」
「口調や眼球の動き、呼気や体温でその人が嘘をついているかどうかはある程度わかるんだ。先ほどの彼の啖呵は明らかに何かを隠している様子だった。それでひょっとして誰かに頼まれたんじゃないかと思ったんだよ」
「そうだったんすか……」
キックが大きくため息をつく。
ヒクシンを見るその眼には既に怒りはなく、むしろ哀れみすらこもっている。
「な、なんだよ!そんな眼で俺を見るんじゃねえよ!俺だってなあ、必死なんだよ!あいつらに逆らって生きていけるわけねえだろ!この辺の村なんてみんなそうじゃねえか!街の人間にこびへつらわねえとまともな暮らしもできねえんだよ!」
ヒクシンの叫びを責める者はいなかった。
それが事実であることを誰もが分かっていたからだ。
「どうする?僕らが街へ連れて行って衛兵に引き渡すこともできるけど」
「いや、いいっす……」
キックが首を横に振る。
「こいつは今までの俺らっす。俺だってルークさんに出会わなければ同じことをしていたはずっす。そんで誰かに恨まれてまた別の誰かを恨んで、そんなのはもううんざりっす」
周りの獣人たちもキックの言葉に頷いている。
ナミルが前に出てきた。
「ルークさん、彼のことは見逃してやってくれませんか。確かにこの男はとんでもないことをしてくれたが命まで奪われたわけじゃない。それにこの男の事情は我々にも無縁ではない、となれば責めることもできますまい」
「……わかりました。みなさんの意見を尊重いたします」
ナミルがルークに笑みを返す。
「それに折角の宴をこんなことで台無しにされてはかないませんからな」
「そうっすよ!今日はルークさんたちの歓迎会なんすからこれしきで落ち込んでなんかいられないっす!」
「そうそう!灰が入った程度なんだってのよ!取り除いたらまた飲めるっしょ!」
そう言うとシシリーは外へ駆け出すと樽を持って駆け戻ってきた。
「ほら、この通り……って、ごめん、ちょっと飲み過ぎたみたい。間違えて水の樽を持ってきちゃった」
「水?外に水樽はなかったはずだが……」
ナミルが不思議そうに樽を覗き込む。
そこには透き通った液体が入っていた。
「水……じゃな」
「いや、それでもこれには灰が入ってますよ。ほら」
ルークが指差した樽の底には灰が沈殿している。
「やっぱり水と間違えたとか?」
アルマがちょんちょんと水面をつつく。
「そんなはずはねえ!俺はあいつが樽の中に灰を入れたのをこの目で見たんだ!」
ヒクシンを捕まえた獣人が納得いかないように叫ぶ。
「……アルマ、ちょっとごめん」
ルークがアルマの指先を掴んで口に含んだ。
「ル、ルーク、なにを!?」
「……やっぱりか」
アルマの指先を口から出しながらルークが頷く。
「これは間違いなくクリート酒です」
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