第85話:別離

「ランカー!日和っちまったのかよ!?こんな奴ら俺たちだったら……」


「黙れ!」


 尚も納得しないグスタフの言葉をランカーが遮る。


「こんなことにいちいち時間を割いているだけ無駄だと何故わからないんだ!いいから黙って言うことを聞け!」


「わ、わかったよ。ちょっと惜しいと思っただけだって。そんなに怒らねえでくれよ」


 ランカーの怒気にあてられたグスタフの腰が引けている。


 《蒼穹の鷹》がランカーを頂点とした力関係になっていることはルークにもはっきりとわかっていた。


 それ故にランカーさえ納得させてしまえば後は楽だということも。


「それでは早速証文の作成に入りましょう。シシリー、契約用の魔導ペンは持ってるかな?」


「もちろん!商人の必需品だからね」


 シシリーからペンと羊皮紙を受け取ったルークがさらさらと3通の証文を作り上げた。


「これでよし、と。花崗岩のダンジョンの最下層でサイクロプスを討伐したのは《蒼穹の鷹》と獣人による共同作戦である、故に遺留物のサイクロナイトは両者で等分する。これでいいですね?」


「無論だ」


 眉をしかめながらランカーがそっけなく答える。


「それでは私が立会人となりますのでサインをお願いします」


 ランカーが渡されたペン先を指に突き刺した。


 滴る血がインクと交じり合い、署名した文字が淡い光を放つ。


 本人が間違いなく署名をしたことを保証する魔導契約だ。


 続いてボルズとルークが署名をし、2通の証文をそれぞれ《蒼穹の鷹》と獣人へと渡した。


 それからサイクロナイトの片割れをランカーへと差し出す。


「1通は控えとして僕が持っておきます。それではこれはあなた方のものです」


「ふん、わざとらしく細かい手順を踏ませたものだな!」


 奪い取るようにサイクロナイトを手にするとランカーは荒々しく踵を返した。


「さっさとこんな所から出るぞ!こんなダンジョンも獣人共もうんざりだ!」



 帰路は何事もなく進み、その日のうちに一行は花崗岩のダンジョンから出てくることができた。


「君たちを仲間に入れたのはとんだ失敗だったよ。もう二度と私の前に顔を見せないでもらおう。このことはクラヴィ殿にも報告しておくからな。君たちがメルカポリスで商売できるなどと夢にも思わないことだ!」


「ケッ、今度その面を見かけたら俺あどうなるかわかんねえぞ。月のない晩には気を付けるんだな!」


「愚かな選択をしたものですね。これであなた方がこの街で何かをするのは不可能になりましたよ。無駄なあがきをせずにさっさと国に帰ることをお勧めしますよ」


「ルーク、あんたとなら仲良くできると思ってたんだけどね~。ま、そういうことで!」


 《蒼穹の鷹》は捨て台詞を残しながらメルカポリスへと帰っていった。


 ダンジョンで獲得した素材は全てピットが背負っている。


 まだ少年の域を出たばかりのピットには過酷と言っていい量だったが《蒼穹の鷹》は一顧だにもしていない。


 それどころか足元のおぼつかないピットを苛立たしく足蹴にするほどだ。


「おらっ!そのくれえの荷物でよろよろしてんじゃねえよ!ったく、てめえら獣人はほんとに使えねえな!」


「ほんと愚図よね。これから帰るまで1個でも落としたら食事抜きね」


「それ良いな!おいこの駄犬!てめえの同胞が俺たちから掠めていったサイクロナイトの分はてめえに払ってもらうからな!覚悟しとくんだな!」


「……」


 嘲りの言葉を浴びながらもピットは文句一つ言わずに4人の後をついていく。





「酷い……」


 その後ろ姿を見ながらアルマは怒りに震えていた。


「仕方がないんですよ。あれが奴隷になるということなんです」


 ボルズが重々しく呟く。


「ピットは子供のころから働き者で村の評判も良かったんですがね。両親が亡くなって妹と2人きりになっちまったかと思うと突然村を出て気付けばあいつらの奴隷になっていたんですよ。全く何を考えているんだか……」


「おかげでリアも苦労してるんすよ。あ、リアってのはあいつの妹のことっす。まだ小さいのに朝早くから夜遅くまで街まで行商に行ってるんすよ」


 キックも複雑な表情でピットの後姿を見送っていた。


 ボルズがため息をつく。


「とはいえ所詮は個人の問題なのですから我々が口を出すべきではないのでしょう。それよりもルークさん、良かったら今晩は俺たちの村に来てもらえませんか?何もないところですけど歓待しますよ」



「……そうだね。このまま街に帰ると彼らと同行することにもなりかねないし、お言葉に甘えようかな。2人はどう思う?」


「私はルークと一緒ならどこでも」


「私も特に異論はないかな。獣人の村にも興味があるしね」


 アルマとシシリーが頷く。



「じゃあ決まりだね。それではご厄介になります」


「こちらこそ!ルークさんにはお世話になりっぱなしですから、これくらいのことはさせてください!」





    ◆





「俺たちの村はクリート村というんす。村民は100名ちょっとで全員が獣人す。貧乏な村っすけど酒造りはちょっとしたもんすから是非とも飲んでいってください」


 帰路につきながらキックは得意げに説明を続けていた。


「酒かあ……これは商売になるかも」


 キックの話を聞いてシシリーの眼が怪しく光る。


「ただ俺らの酒は日持ちしないんすよね。冬でも一月くらいしか持たないからなかなか手広く売るわけにはいかなくって」



「誰かいませんかあっ!助けてください!」


 ルークたちが森の中を歩いていると遠くから助けを求める声がした。



「なんだろう?」


 声のした方に行ってみると人族の母子が太い蔓に巻き付かれているところだった。


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