第86話:帰路につく2組

「あれは……プレデターヴァイン!」


 木の下で休んでいると強靭な蔓に巻き付かれ、徐々に体液を吸われれて死んでいってしまうという恐るべき魔獣だ。


 子供の方は既にぐったりとしている。


「なんてこった!あれは隣村のもんじゃないか!」


 キックが斧を手にして突っ込んでいった。


「俺たちも行くぞ!」


 ボルズや他の獣人たちが後に続く。


 プレデターヴァインの蔓が次々に襲ってきたが村で鍛えた獣人たちの敵ではなく、ほどなくして親子は無事に救出され、子供もルークの治癒魔法によって回復した。


「ありがとうございます!ありがとうございます!なんとお礼を言っていいのか……」


 母親は涙を流しながら頭を下げた。


「途中で勇者様が通りかかったんですけど、金がないなら助けることはできないと言われて……もう駄目かと……」


「はあ?何それ!あいつらどこまで腐ってんの!」


「そんなのしょっちゅうっすよ。あいつらが勇者でございという顔をしてても一歩街から出たらただのチンピラだってのはこの辺の連中みんな知ってることっすから」


 眉を吊り上げるシシリーをなだめながらキックは母親に向かって手を振った。


「別に気にしないでくださいよ。近所同士助け合いが大事っすから」





「ったく、あいつがあんなことを言うようになるなんてな」


 そんなキックの様子を見ながらボルズは目を細めていた。


「キックは俺たち獣人が貧乏なのは周りの連中のせいだと世の中を拗ねた眼で見ているような奴でね、困っている者を助けに行くなんて以前のあいつじゃ絶対に考えられなかったことですよ。でも今回のダンジョン討伐であいつは変わった」


 変わったのは俺たちもそうかもしれませんがね、とボルズは恥ずかしそうに笑った。


「なんていうか、俺たちは自分自身に自信が持てなかったんでしょうな。でもこれからはもっと胸を張って生きていける、そんな気がしますよ。それもこれもルークさんのおかげです」


「いえ、僕は何もしていませんよ。変わったのは皆さん自身の力です。皆さんには元々そうなる力があったんですよ」


「そう言っていただけるなら何よりです。さ、見えてきましたよ。あれが俺たちの村、クリート村です」





    ◆





「クソ!あの野郎ども、次会ったら容赦しねえぞ!」


 帰路につきながら尚もグスタフは悪態をつき続けていた。


「あ~あ、せっかくのサイクロナイトが半分じゃん。2~3年は遊んで暮らせると思ってたのに」


 不満げなグスタフとエセルにうんざりしたようにランカーがため息をつく。


「今更蒸し返すのは止せ。あれはあれで良かったんだ」


「そうですよ。あそこで時間と労力をかけるだけ無駄というものです。サイクロプス討伐の名誉は手に入れることができたのですからあの場面では引くのが正解でした」


「でもよう、金貨150枚だぜ?150枚!本来だったら金貨300枚、4で割っても……ええと、1人当たり90枚は手に入ってたんだぜ!それが半分じゃあよお」


「ばっかじゃないの、300を4で割っても90になんかなるわけないでしょ。1人80枚、そうよね?それだって大したもんよ!」


「75枚です」


 うんざりしたようにレスリーが答える。


「ともあれ2人の意見ももっともです。本来得るべきものが得られないというのは是正されてしかるべきことです。ランカー、あなたもそう考えているのでしょう?」


「当然だ」


 ランカーは吐き捨てるように言い放った。


 メルカポリスの国民から勇者と崇め祭られている己がどこの誰とも知らない連中に引くなどあってはならないことだ。


 あのサイクロナイトの片割れは何が何でも手に入れなければならない。


 そうでなければこのやり場のない屈辱を納める術がない。


「いずれ機を見てあれはかならず返してもらう。なに、クラヴィに手を回してもらえば連中はあれを換金することもできずに持て余すに決まっている。あとは我々が手を下したと知られないように奪えば済むだけのことだ」


 そう、重要なのは連中からサイクロナイトを奪うことだ。


 そのためには多少のコストは目をつぶることにしよう。


 サイクロナイトを奪われたあいつらの嘆き悲しむ顔が見れればそれでいいのだ。


 その様子を思い浮かべてランカーはほくそ笑んだ。


「あいつらもそうだけどあのクソ忌々しい獣人共はどうすんだ?あの野郎ども調子に乗りやがって。俺たちに楯突いたらどうなるのか思い知らせてやらねえと駄目なんじゃねえのか?」


「わかっている」


 ルークたちへの仕返しを想像して多少落ち着きを取り戻したランカーがグスタフに意味ありげな笑みを返す。


「あいつらへの処分はまた後でじっくりとしてやる。だがまあその前に我々に逆らうことの愚かしさを教えておいてやろうじゃないか。確か途中にはポーマン村があったはずだな」


「へ、ポーマンの連中を使って奴らに嫌がらせをしようってのか。流石はランカー、そつがねえな」


 ランカーの意図に気付いてグスタフが口を歪めた。


「どうでもいいですが我々の仕業だと知られないようにしてくださいよ。こんなことで評判を落とすのはごめんです」


「それよりも早く帰ろうよ。いい加減お風呂に入りたいんだけど。あと美味しいものも食べたい」


 レスリーとエセルは完全に興味がないようだ。


「なに、すぐに済むさ。この辺りで我々の使い走りをしているのは獣人たちだけではない、我々に逆らうということは自分たち以外の全てが敵となるということを思い知らせてやる」


 ランカーが笑みを浮かべる。


 それは獲物を見つけた捕食者の笑みだった。


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