第84話:獣人たちの変化

「僕に?でも君たちはお金が必要なんじゃ?」


「それはその通りっす。でも……」


 キックは頭を掻きながらはにかむように笑った。


「俺はルークさんに言われるままに動いただけっすから。あれは俺じゃなくてルークさんが倒したようなもんす。気取ってると思われるかもっすけど、俺がこれを受け取るのは筋が通らないと思うんす」


 キックはそう言うとルークに向かってサイクロナイトを差し出した。


「お金は必要っすけどそれは俺らの問題すから。ルークさんは気になさらないでください」


「キック……」


 ルークが見つめるキックの顔にはみじんの迷いもなかった。


 そこにあるのはダンジョンに入る前の世の中を拗ねた若者ではなく、自信に満ち溢れた1人の男の姿があった。


「ったく、おめえにそう言われたんじゃ俺もほいほい受け取るわけにはいかねえじゃねえか」


 ため息をつきながらボルズが前に出てきた。


「ルークさん、こいつの言う通りそれはあんたが受け取るのが筋だと思う。確かにそいつは今の俺らに取っちゃ喉から手が出るくらい必要なもんだし、今までの俺だったら喜んでもらっていたと思うよ。でももう俺たちは違うんだ」


 ボルズがキックの肩に手を置く。


「こいつも俺らもこのダンジョン攻略で変わった。いや、ルークさんあんたに変えてもらったんだ。ここで受け取っちまったらまた以前の俺たちに戻っちまう気がするんだよ。だから、どうかそいつはあんたが受け取ってくれ」


 背後の獣人たちもうんうんと頷いている。


「……わかりました。謹んでお受けします」


 しばしの沈黙の後でルークは頷くとサイクロナイトを手にした。


「それではこのサイクロナイトの扱いは僕に一任させてもらいます」


 そう言うと剣を作り出し、サイクロナイトを真っ二つに割った。


 そして片方をランカーへと差し出す。


「これはあなたにお譲りします」


「ル、ルーク!?」


「ルーク、何で?」


 アルマとシシリーが仰天してルークを見た。


 獣人たちも驚いてルークの様子を見守っている。


 ランカーが顔を紅潮させながらルークを睨みつけた。


「……貴様、これはどういうつもりだ」


「見ての通りです。このダンジョン攻略はあなた蒼穹の鷹の依頼ですから、これを持っていけば花崗岩のダンジョンの攻略完了手続きを受けられるはずです」


「情けをかけようというのか!」


「まさか、これは取引です。あなた方がダンジョン攻略をしたことになる代わりにサイクロプスの討伐者はあなた方と獣人たちの共同ということにしてもらいます。当然ですが証文も残してもらいます」


「そういうことか」


 シシリーが何かに気付いたように息を呑む。


「どういうこと?」


「つまりルークはサイクロプスを倒したのが獣人たちだってあいつらに認めさせようとしてるのよ」


 不思議そうな顔をするアルマにシシリーが小声で説明する。


 例えサイクロナイトを手に入れたとしても換金するためにはギルドなり商人なりに交渉しなくてはならない。


 しかしサイクロナイトを手に入れたがっている《蒼穹の鷹》が素直にそれを認めるとも思えなかった。


 街で勇者として名が通っている彼らのことだ、おそらくギルドや商人にも大きな影響力を持っているのは間違いない。


 何らかの形で邪魔をしてくる、あるいは正当な権利はこちらにあると言ってくる可能性すらある。


 ルークはその前に《蒼穹の鷹》へダンジョン攻略者とサイクロナイトの両方を餌として差し出すことにしたのだ。


 無論蒼穹の鷹はそれらを突っぱねてあくまで自分たちの手柄だとごねることもできる。


 しかしそれを認めさせるには多大なる労力がかかる。


 何よりそういった盤外戦めいた争いは街での格好の噂話となってしまうはずだ。


 プライドの高いランカーにとってそのような醜聞は最も避けたい事態だろう。


 ルークの狙いはそこにあった。


 目端の利益に眼をくらませてくれれば獣人たちがサイクロプスを倒したという事実が記録として残る。


 そうなれば無理に奪うことはできなくなるはずだ。


「貴様……私を試す気か」


 ランカーが憎しみのこもった眼でルークを睨みつける。


 もちろんランカーもルークの狙いはわかっていた。


 そして他に選択肢がないことも。


「ランカー、そいつらの言うことなんか聞く必要ねえぜ!あれは俺たちのもんだ!」


 意識を取り戻したグスタフが語気を荒げる。


「私もグスタフに賛成。金貨300枚だよ300枚!みすみす逃す手はないでしょ」


 エセルは既に臨戦態勢だ。


 その眼が欲望にギラギラと輝いている。


「いえ、彼らの言うことを聞くべきです。こんなことに時間をかけるべきではありません」


 レスリーはあくまでコストをかけずにリターンを得ることを優先する様子だ。


「少し黙っていろ」


 ランカーは苛々したようにルークを睨み続けていた。


 サイクロナイトを力づくで手に入れようと思ったらここにいる者を全員殺す必要があるだろう。


 1人でも逃せば厄介なことになるのは確実だ。


 獣人はまだ何とでもなるがルークたち3人が厄介だ。


 ルークはまだいい、多少魔法に覚えがあるようだが4人で掛かればなんとでもなるだろう。


 しかしサイクロプスを素手で圧倒したアルマ、彼女を倒すのは一筋縄ではいかないはずだ。


 そして3人の中にいながら未だにその実力を明かしていないシシリー、いったいどれほどの力を持っているのかランカーの眼をもってしても読めない。


 それ故に3人の中で最も不気味な存在に映っていた。



「……わかった。君たちの提案を受け入れよう」


 しばらくの沈黙の後にランカーは渋々と頷いた。


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