第79話:追放

 その夜、ぼろ布を纏って眠っていたピットは誰かに揺すられて目を覚ました。


 驚いて声を上げようとしたピットの口が塞がれる。


「シッ!声を出さないで」


 それはルークだった。


「これを」


 そう言ってピットの前にスープの入った椀を差し出す。


 中には大きな肉の塊が入っている。


 見た瞬間に、いや匂いが鼻孔をくすぐった瞬間にピットの腹が大きな音を立てた。


 しかしそれを必死に耐えながらピットは首を横に振る。


 こんなものが《蒼穹の鷹》の4人に見つかったらどんな仕置きが待っているか。


「大丈夫、あの4人ならあと1時間は起きないから」


 ルークが口に指を立てて微笑んだ。


 あらかじめ4人には誘眠の魔法をかけておいたのだ。


 もっともそんな魔法必要ない位に熟睡していたけどね、とルークは苦笑した。



「お腹が空いているんだろう?遠慮することはないよ。みんなもわかっているから」


 ピットが驚いてダンジョンの奥に眼をやる。


 夜警をしていたキックが微かに頷くのが見えた。


 それがピットの限界だった。


 奪い取るようにスープの椀を手にして肉に貪りつく。


 まともな肉を食べるのは何か月ぶりだろう。


 柔らかな肉が歯頚を刺激するだけで涙が出てくる。


 泣きながらピットは一心不乱に食べ続けた。


「すいません……すいません……」


 食べながら、泣きながらピットはルークに謝り続けた。


 久しぶりの食事に対する感動と申し訳なさ、かつて仲間だった獣人たちへの後ろめたさで感情がわけのわからないことになっていた。


「いいんだ。それよりもゆっくり食べるんだよ。それを食べて一晩休めば元気になるから」


 ルークは微笑むと静かにピットから離れていった。


「ったく、ルークさんも甘いよな。あいつは妹を置いて街に逃げていった裏切り者なんすよ、俺らが言える義理じゃねえか」


 戻ってきたルークにピットが肩をすくめる。


「彼に妹がいることは知ってるよ。街で見かけたからね」


 ルークは焚火の近くに寝そべった。


 頭の中に街で見かけた獣人の少女の姿が浮かび上がる。


 ピットがキックたちと同郷ということはあの村にいるのだろうか。


「彼にもきっと何か事情があるんだろう。なんにせよあんな扱いをされていいはずがないよ」


「それがルークのいいところだもんね」


 ルークの隣に寝ていたアルマがころりと身を寄せてきた。


「あのスープの中に回復ポーションを混ぜてたでしょ?」


「ばれてたか」


 ルークは苦笑しながらピットの方を見た。


「あのスープを食べて一晩過ごせばきっと元気になるよ」


 ピットはゆっくりと噛み締めるように食事を続けている。


 それは何かを耐え忍んでいるようにも見えた。





    ◆





 翌日、その次の日とダンジョン攻略は順調に進んでいき、1週間後には遂に最深部へと辿り着いた。


「いよいよダンジョンボスか。どんな魔獣が出てくるんだろう」


 ダンジョンの最奥部へと向かいながらルークが興味津々といったように呟く。


「このダンジョンでボスまで討伐できたのは10年前って話です。その時にいたのはキラービートルっていう魔獣だったそうですよ」


「うう……なんでこのダンジョン虫系の魔獣ばかりなの……もう嫌になってきたんだけど」


 キックの言葉にアルマが青い顔で体を震わせる。



「まあまあ、それもこの階層で最後だから。それじゃあ行くとしようか」




「いや、君たちはここまでだ」


 前に進もうとしたルークの前に突然ランカーが立ちはだかった。


「残念だが君たち3人は《蒼穹の鷹》から追放させてもらう。今すぐ帰ってくれ」


「はあっ!?なんなのよ突然!」


 突然の宣言にシシリーが抗議の声を上げた。


「ここまでこれたのは全部ルークのおかげじゃない!それを攻略直前でクビ?それは酷すぎるんじゃないの!?」


「困ってるのは我々の方だよ」


 ランカーはそう言うと仰々しく額に手を当てた。


「わかっていないようだから言っておくが、君たちは《蒼穹の鷹》の一員なのだよ。そして《蒼穹の鷹》には《蒼穹の鷹》のやり方というものがあるんだ。それを無視して自分勝手に動いていたのは君たちの方なんだよ?むしろ君たちの専横を今まで見逃していたと言ってもいいくらいだ」


「そういうこった。ずいぶんと調子に乗ってたみてえだが、いい加減俺らにも我慢の限界が来たってことよ。さっさと荷物をまとめて帰るんだな」


 グスタフが歯をむき出してせせら笑う。


「いえ、荷物は置いていってもらいますよ。それはあくまで《蒼穹の鷹》の獲得物なのですから。持って帰るのは私物だけにしてもらいます」


「ちげえねえ!」


 レスリーの言葉にグスタフが爆笑する。


 しかしルークはランカーの言葉をはっきりと拒絶した。


「それはできない。今ここで僕らが帰ったら獣人のみんなはどうなる。彼らの装備がダンジョンボスに通用するとは思えない。甚大な被害が出るのを見過ごすことはできない」


「そ、そうだ!俺らがここまで誰1人死なずに来れたのはルークさんたちのおかげだ!あんた方だって何もせずに魔石やら素材やらを手に入れられたんじゃないか!それなのに最後になって切り捨てるなんて酷えじゃねえか!」


 キックが抗議の声を上げる。


「……待った、まさかあんたら、最終討伐権をルークさんたちに渡さないようにこんなことを言いだしたんじゃ……?」


「最終討伐権?」


「そうっす。ダンジョンボスの遺留物は止めを刺した者が総取りできるってルールっす。これはパーティーのメンバーであろうがなかろうが適用されるんす」


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