第78話:花崗岩のダンジョン
「待った」
先頭に立っていたルークが獣人たちを手で制する。
「そこの角から魔獣が近づいてきている」
「本当っすか?全然気づかなかったっす」
「まだ遠いからね。でも空気の振動を解析する限りこちらに近づいてくるのは間違いないよ。しばらく時間はあるから準備しておこう」
「おいおい何やってんだよ!まだ休憩には早えぞ、あぁっ!?」
行軍を止めて荷物を広げ始めたルークたちにグスタフが声を荒げる。
「行きたければ勝手に行ってください。助言しておきますが魔獣が近づいているから気をつけた方が良いですよ」
「っ……!ど、どうするよ、ランカー。こいつら動こうとしねえぜ」
言葉を詰まらせたグスタフにランカーが肩をすくめる。
「好きにさせてやれ。お手並み拝見と行こうじゃないか」
しばらくしてT字路の奥から巨大な蟻が数匹姿を現した。
角から頭を出し、触角をひくつかせながらあたりの様子を窺っている。
燃焼性のある液体を口から噴射して獲物を焼き殺すパイロアントだ。
「こちらです」
突然の声にパイロアントが振り向く。
通路の奥に立っていたのはルークだった。
炙られた干し肉を手に掲げている。
獲物を焼いて仕留めるパイロアントにとって肉を焼く匂いは抗いがたい誘惑だ。
5匹のパイロアントがルークに向かって猛然と襲い掛かってきた。
「礫弾」
無数の岩石がパイロアントに向かって発射される。
「キイイイイイイィ!」
耳をつんざくような擦過音と共にパイロアントが燃焼液を発射してきた。
ルークは身を翻すと背後に積み上げていた岩の陰に隠れた。
「今だ!」
「せええいっ!」
ルークの合図と共にアルマが巨大な花崗岩の塊で通路を塞いだ。
T字路の奥に潜んでいたのだ。
「次の燃焼液が発射できるようになるまでのタイムラグは10分、それまでに仕留めるんだ!」
「「「「おおっ」」」」
武器を携えた獣人たちが一斉に襲い掛かった。
両側を岩石に阻まれたパイロアントは逃げることができない。
「顎に気をつけて!腹の下に潜り込んで攻撃するんだ!」
ルークの指示を受けて獣人たちが的確にパイロアントを攻撃していく。
「とりゃあっ!」
アルマの拳がパイロアントの頭を粉砕した。
「す、凄え……」
キックが目を丸くしてそれを見ている。
「アルマは特別なので」
苦笑しながらルークはアマダンスライムの剣でパイロアントを両断した。
「いや、ルークさんも十分凄いっすよ」
10分もかからずに5匹のパイロアントは物言わぬ骸へと変わっていた。
やがて魔素へと変換されていき、地面には魔石が残された。
「お、俺たちが勝ったのか?」
獣人たちは信じられないと言うように辺りを見渡した。
「そうですよ、これはみなさんの勝利です」
ルークが微笑む。
「す……凄え!凄えよ!俺たちはパイロアントに勝ったんだぞ!」
「こんな……こんなのは初めてだ!」
「うおおおおおおっ!」
獣人たちの勝利の雄叫びがダンジョンに響き渡る。
それは《蒼穹の鷹》の消耗品として使い潰されてきた獣人たちにとって初めて実感した勝利だった。
「本当にあんたの言う通りやったら勝てたぞ!」
「ルーク!いやルークさん、これもあんたのおかげだ!」
「あんた本当に凄えよ!」
獣人たちの興奮は冷めることなく続いていた。
ルークを讃える声がそこかしこから沸き起こる。
「チッ!雑魚共がたかがパイロアント如きにはしゃぎやがって!」
グスタフが面白くなさそうに唾を吐いた。
「まあいいじゃないか」
地面に落ちていた魔石を拾い上げながらランカーが呟く。
「この魔石なら金貨1枚は固いだろう。これで我々はまったく労することなく金貨5枚を手に入れたというわけだ」
◆
「美味えっ!こんなスープは初めてだ!」
干し肉を戻して作ったスープを1口飲んだキックが驚きの声をあげた。
「本当に美味しい。ナターリアの言ったことは本当だったね」
ルークも1口飲んで満足そうな息を漏らす。
ダンジョン攻略の初日は無事に過ぎ、今は第3層で野営をしているところだ。
「全部買っておいて正解だったかも。というかこれセントアロガスでも売れるレベルだよ。連絡先を交換しておけばよかった」
スープを口に運びながらシシリーが悔しそうに呟く。
「まだまだお代わりはあるからね」
「そう言えばアルマに料理を作ってもらうのは初めてなんじゃないかな。凄く美味しいよ」
「そ、そう?そう言ってもらえると嬉しい。いっぱい食べてね」
アルマは頬を染めながらルーク差し出した木椀に肉を山のように積み上げた。
「ほんと、アルマって貴族のお嬢様なのに不思議と料理が上手いんだよね。しかも妙に節約料理が上手いし。おかげで薄給だった新人衛兵時代は何度助けられたことか」
シシリーがしみじみと頷く。
「そうなんだ。他の料理もきっと美味しいんだろうな。いつか食べてみたいね」
「本当に!?だったら任せて!な、なんだったらこれからずっとルークの食事は私が作っても……いいよ?」
「胃袋まで掴むつもりなのかね、この女は」
呆れたようにシシリーが肩をすくめる。
「……でも、いいんすか?」
そばに座っていたキックが不安そうに漏らした。
「いいって、なにが?」
「だって、これはルークさんたちが用意した食材なんでしょう?俺らになんか分け与えて大丈夫なんすか?
「いいっていいって」
シシリーが笑いながら手を振った。
「一緒にダンジョン攻略してる仲じゃない。食事くらい一緒に取るのは当然よ」
「……あ……ありがとうございます」
キックが声を震わせた。
「今まで何度もダンジョン攻略の剛力をしてきたけどそんなことを言ってくれるのはルークさんたちが初めてっす。俺ら、固パンしか持ってきてねえのに、こんなあったかいスープまで……」
周りを囲んでいた獣人たちからもすすり上げる音があがっている。
ルークたち3人はそんな獣人たちに優しく微笑んだ。
「まだまだあるからね、明日に備えてしっかり食べておこう」
「いいのかよランカー、あいつらやけに盛り上がってるぜ。調子に乗りすぎなんじゃねえのか」
「放っておけばいいさ」
愚痴をこぼすグスタフをランカーがなだめる。
《蒼穹の鷹》はルークたちから離れた場所で焚火を囲み、食事をしていた。
焚火で焙った分厚いハムを食いちぎりながらランカーが呟いた。
「だが調子に乗っているというのはその通りだ。いずれ立場を分からせる必要があるだろうな」
食事を続ける《蒼穹の鷹》から離れた場所でピットはかびたパンを口に運んでいた。
毎週1回渡されるパンがピットにとって唯一の食べ物だ。
《蒼穹の鷹》の奴隷になることを選んだ日からこれがピットの日常だった。
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