第77話:決裂

「馬鹿なっ!!」


 ダンジョンにルークの叫びが響き渡る。


「彼らが先遣隊?無茶過ぎる!あんな装備で先行するなんて自殺行為だ!!」


「仕方がないだろう。連中はあれしか持っていないのだから」


 ランカーが肩をすくめた。


「まああれでも囮としては役に立ってくれるさ」


「あんたって人は……何を考えているんだ」


 ギリリ……とルークが歯を噛み締める。


「それはこっちの台詞だよ、ルーク。ダンジョン攻略なんて大人数で行うのが効率が良いに決まってるじゃないか。そして戦略として囮を用意するのは当然のことだ。見たまえ」


 ランカーがダンジョンの奥を指差した。


「早速つられてやってきたぞ」



「き、来やがったぞ!」


「みんな、固まれ!背中を見せるなよ!」


 獣人たちの緊張した声が響き渡る。


 ダンジョンの奥から魔獣が姿を現した。


 丸太のような鎌を持ったジャイアントマンティスだ。


 魔獣としての脅威度は低いがそれは冒険者や魔法騎士にとっての話で訓練を積んでいない一般人には充分危険となりうる。


「チッ、ジャイアントマンティスかよ。おい!その位てめえらでなんとかできんだろ!」


 グスタフが舌打ちをしながら檄を飛ばす。



「ち、畜生!やるしかねえぞ!」


「こんな所で死んでたまるかよ!」


 獣人たちの雄叫びは鼓舞というよりは自暴自棄ヤケクソのそれだった。



 ジャイアントマンティスが機械のように首をかしげながら近づいてくる。



「う……うわあああああっ!!!!」


 恐怖に耐えきれなくなった1人の狐人が鍬を構えて突進していった。


「馬鹿!無茶するな!」


 他の獣人の警告も空しくその獣人はあっさりとジャイアントマンティスに弾き飛ばされる。


 その巨大な鎌が獣人の身体を挟み込んだ。


「ぐああああっ!」


 獣人の叫びがダンジョンに響き渡る。


 ジャイアントマンティスの口吻が獣人の身体に突き立てられようとしたその時、その首が突然切り離されて地面に落下していった。


 飛び出したルークが斬り落としたのだ。


 鎌から力が抜け、獣人が地面に落下していく。


 それをアルマがしっかと抱き留めた。


「みなさん、無事ですか!」



「あ、ああ、あんたが助けてくれたのか……?」


 アルマに肩を貸してもらいながら獣人がよろよろと立ち上がる。


「まだ動かないでください、今なおしますから」



「ルーク、何をやってるんだ」


 治癒魔法を施しているルークにランカーが苦い顔で近づいてきた。


「何って、怪我をしたから治してるんです」


「無駄なことを!そんな魔力はもっと奥まで取っておけばいいのだ!獣人如きに使うなど!」


 ここに及んで遂にルークも我慢の限界が来た。


 無言で立ち上がるとランカーの前に歩み出る。


「な、なんだね、文句でもあるのかね。これが我々のやり方なんだぞ」


「あなた方がそういう方針だということはよくわかりました」


 ルークが静かに答える。


「しかし僕らには僕らの考えがあります。一時雇いだろうと獣人だろうと攻略に加わったのであればそれは仲間です。僕は仲間を無理やり囮に使うようなやり方は認められない」

「ヘ、偽善ぶったことを言いやがって」


 背後でグスタフが唾を吐いた。


「いいか、こいつらは俺たちの金で雇われてるんだ!だったら俺らがどうしようが勝手じゃねえか!」


「囮は襲撃を想定の中に収めて被害を最小にする立派な手段です。それに獣人はまともな攻撃手段を持っていない。彼らを戦闘力に組み込むのは現実的ではありません」


 レスリーが言葉を続けた。


「あたしは楽ができたら何でもいいんだけどね~。別に獣人がどうなろうと関係ないし?」


 エセルがおかしそうに笑う。


「あなた方って人は……」


 ルークは心底落胆したように息を漏らした。


「それよりもルーク、先ほどの軽率な行動はいただけないぞ。曲がりなりにも君は我々の一員なのだからリーダーである私の指示に従ってもらわないと。今回の行動は決して褒められたものではない、報酬の分配の際に考慮することになるからな」


「どうぞご自由に」


 地面に落とした荷物を拾い上げながらルークがぶっきらぼうに返す。


「その代わり僕は僕のやり方でやらせてもらいます。評価だの査定だのは好きにしてください」


「ふ、ふん、このダンジョンはたかが3人でどうこうできるくらい甘いものではないぞ。後で助けてくれと言っても知らないからな!それから、今回の攻略は我々蒼穹の鷹が請け負っているのだ、魔石や素材を勝手に持ち帰ることは許さんからな!」


「お好きなように」


 ルークはこれ以上話すことはないと言うように踵を返すとアルマたちの元へと戻っていった。


「ごめん、我慢できなくて」


「良いって良いって、私も我慢の限界だったから。むしろ言ってくれてすっきりしたよ」


 シシリーがあっけらかんと手を振る。


「私もそう思う。ルークが言ってくれて良かった」


 アルマはそう言いながら手を開いた。


 握っていた岩が粉々になって落ちていく。



「と、とりあえず暴力はやめておこうね。一応まだ攻略を共にしてるわけだから」



「す……すまねえ。俺を助けてくれたばっかりに」


 怪我が治った獣人がおずおずとルークの元にやってきた。


「いいんですよ。好きでやったことですし。僕はルークといいます。この攻略では誰1人欠けずに帰りましょう」


「そ、そんなかしこまった話し方しないでほしいっす。お、俺はキックっていうんす。この恩は忘れねっす!」


「……わかったよ、キック。これからよろしく。僕らはこのダンジョンは初めてだから助けてくれないか?」


「もちろんっす!俺は今まで3回このダンジョンに入ってるんす!多少の道なら覚えてるから任せてほしいっす!」




「チッ、あの野郎、獣人どもを手懐けようとしてやがる」


 盛り上がるルークとキックを見ながらグスタフが舌打ちをした。


「フン、好きにやらせてやれ。連中がどれだけ通用するかわからないが好都合というものだ」


 ランカーが口元を歪める。


「奴らが必死になればなるほどこっちは楽ができるのだからな」


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