第75話:出会い
「結局駄目だったね~」
レストランでサラダをつつきながらシシリーがぼやく。
「やっぱり飛び込みじゃ駄目か~。外国じゃ尚更だよね~」
あれから《蒼穹の鷹》までの3日間、3人は新たな商売相手を探して街中を訪ねて回っていたが芳しい成果はあげられずにいた。
「交易都市だけあって組合の力が強いみたいだね。最低でも紹介状がないと駄目みたいだ」
「それかとんでもない不平等物々交換だもんね」
ルークとアルマがうんうんと頷く。
どの商人を訪れてもまず言われるのは組合に加入している商人の紹介状があるかどうかだった。
この街でコネなしで商売をするのは無理だ、とまで言われたことも一度や二度ではない。
それかとんでもない安値を吹っ掛けられるか間違っても売れそうにない商品との物々交換を持ちかけられるかだった。
こうして取引先を見つけることができずに《蒼穹の鷹》と再会する日を翌日に迎えることになっていたのだった。
「やっぱり《蒼穹の鷹》に入ってある程度実績をあげるのが現実的なのかな」
「そうなるのかな~」
ため息をつきながらシシリーがテーブルの上に顎を乗せる。
「もうシシリー、行儀が悪いわよ」
「そんなこと言ってもさ~、このままじゃ大赤字だよ」
◆
「そう言えば明日からの討伐に備えて食糧なんかを買っておかないと」
「そうなの?連中が用意してくれるんじゃないの?」
食事を終えた3人はそんなことを話しながらレストランを出た。
「用意してくれるとは思うけど、いざという時の備えはしておいた方がいいと思うんだ」
「私もそう思う。お父様もダンジョン攻略では必ず1人1人に携行食を持たせていたし」
「だとすると更に出費が~。でもしょうがないかあ……」
「なんだよ!この前は買うと言ったじゃないか!」
裏路地から大きな声がしたのは3人がレストランの脇を通り抜けようとした時だった。
「なんだろ?」
気になって覗き込んでみると厨房の入り口で怒鳴り合う2人の影があった。
「だから話が変わったと言ってるだろ。無理なものは無理なんだって」
「ふざけるな!1回交わした約束を破るってのかよ!そんなことが許されてたまるか!」
ひょろりとした赤毛の女性が凄い剣幕で料理人に詰め寄っている。
「無理なものは無理なんだ。いいか、お前さんは組合に所属していないだろ。そういう奴と取引してるとばれたらこっちが不味いんだよ」
「しょうがないだろ!あんな賄賂しか要求してこない連中になんか従ってられるかよ!」
「とにかく駄目といったら駄目だ!これ以上付きまとうようだったら衛兵を呼ぶからな!」
料理人はその女性を乱暴に突き飛ばすと厨房のドアを閉めてしまった。
「畜生!約束を破りやがって!それでも商売を生業にしてる人間かよ!」
その女性は地面に座り込みながらなおも怒鳴り続けていたがドアが開く様子はない。
「大丈夫ですか?」
駆け寄ったルークが女性を助け起こす。
「ああ、ありがとう。ったく、散々調子いいこと言っておいて、今度売ってくれといっても絶対に売ってやんないからな」
その女性はルークにお礼を言いながらも尚もレストランに向かってブツブツぼやいていた。
「これは……干し肉ですか?」
地面に散らばった女性の荷物を拾いながらルークが呟く。
「そうだよ。近隣の村で作ってるものでね。町で売ってる干し肉なんかより日持ちするし美味しいんだ。しかも値段は半分!」
女性は得意そうに胸を張っていたが、やがて悔しそうに肩を落とした。
「このレストランだって最初は大喜びで買うって言ってたのに、私が組合に入ってないと知ったらこの通りだよ。折角仕入れたのにこれじゃ大赤字だよ」
「……それならこの干し肉、僕たちに譲ってもらえませんか?」
「まったく、この街は商売がやりにくいったら……今なんて?」
ルークの意外な言葉に女性が目を丸くした。
「実は明日から討伐に出かけるから携行食を探してたんです。確かにこの干し肉は質が高いから持っていくのにちょうど良さそうです」
「い、いいのかい?こう言っちゃなんだけど私はまだ新参だから掛売なんてできないよ?現金払いでよかったら幾らでも売るけど……」
「もちろん今すぐ払いますよ。市販よりも安くしてくれるなら大歓迎です」
「ルーク、大丈夫なの?」
心配そうに聞いてくるアルマにルークが頷く。
「ものは確かだよ。これなら数日間ダンジョンに潜っても問題なしさ。少し食べてみても?」
「あ、ああ、是非とも食べてみてくれないか。食べればこの良さがわかるよ」
ルークは干し肉を少し切り取りとシシリーとアルマに渡し、自分の口にも運んだ。
「「!?」」
恐る恐る口に運んだ2人の表情が一変する。
「「美味しい!」」
「これは……予想外だね」
ルークも驚きに眼を見張った。
干し肉はハーブと塩でしっかり下味が付けられており、そのままでも食べられるくらいだ。
「いけない、これはお酒がほしくなるわ」
シシリーが口をもぐもぐ動かしながら呟く。
「だろ?これは村一番の職人が作ってるんだ!高級レストランにだって出せるくらいの代物だよ。そのまま食べてもいいけどこれでスープを作るとこれまた最高なんだよ」
「これなら問題ないどころか食事が更に豊かになりそうだね。そういえば値段は?」
「1包で銀貨1枚、でも3包で2枚にまけとくよ」
「ということは……じゃあここに9包あるんで全部もらえますか?」
「「ぜ、全部!?」」
シシリーと女性が同時に大声を張り上げた。
「そ、そりゃ私としては大助かりだけど、いいのかい?」
「ちょ、ルーク!流石にそれは……」
「大丈夫、これは僕が出すから。良いものだからお土産にもしたいんだ」
「本当に良いのかい?だったら全部で銀貨5枚にするよ!これで新しく仕入れることができるから本当に助かるよ!」
女性は目に涙を浮かべて喜んでいる。
それを見てシシリーが決心したように息をついた。
「……わかった!ここは私が出す!」
「いいのかい?」
「いい!今回は私がスポンサーなんだから私が出すよ。これは必要なものだしね。それに……」
シシリーはそう言うと女性の方を見た。
「私も商人だからものを売る苦労はよくわかるから」
「あんたも商人なのかい?」
女性が驚いたようにシシリーを見た。
「そ、とは言っても新米だけどね。今は持ってきてないけどアロガス王国から売り先を探しに来てるの」
「そうだったんだ……って、いけない!もうこんな時間だ!ごめん、これからまだ用事があるからいかないと!」
女性はあたふたとお金を受け取るとルークに干し肉を手渡し、路地を飛び出した。
「私はナターリア!縁があったらまた会おうね!」
そう叫ぶとあっという間に夜の雑踏に消えていった。
「……なんか、凄い人だったね」
唖然とそれを見送りながらアルマが呟く。
「でもこれで少なくとも明日のダンジョン攻略の楽しみができたよ」
ルークはそう言って笑うと干し肉を口へと運んだ。
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