第74話:違和感

「そう言えばアロガス王国では奴隷制を廃止していたんだっけ?なら驚くのも無理はないね」


 何でもないように料理を口に運びながらランカーは言葉を続けた。


「メルカポリスでは奴隷制は今も法律で許されているんだ。冒険者のパーティーが雑用のために奴隷を所有するのもごく普通のことなのさ」


「でも森では従者だと……」


「ああ、あれか。あれは言葉の綾というものだよ。君たちは明らかにこの街の人間ではなかったからいきなり奴隷と言ったらびっくりしてしまうと思ったんだ」


 すまし顔でランカーが答える。


「それは……」


 流石にこれにはルークも鼻白んだ。


「ルーク、アロガス王国ではどうだったか知らないがこの街ではきれいごとだけではやっていけないんだよ。ここは少しでも隙を見せたら出し抜かれる商人の街だ、そんなところで名を馳せようと思ったら奴隷の1人や2人つけていないとやっていけないんだよ」


 ランカーの言葉にエセルがうんうんと頷く。


「ランカーの言う通りよ。ピットが雑用をやってくれるから私たちは討伐に集中できるんだし。それにピットだって私たちが危険を冒してるから毎日の飯と寝床にありついてるのよ?言ってみれば持ちつ持たれつの関係って奴ね」


「まともに従者を雇ったら組合に委託料や保証代を払わないといけないし、奴隷はその辺自己責任になるけど経費削減に一番効果的ですからね」


 レスリーが言葉を継ぎ、ランカーがそれに続いた。


「それにピットだって無理やり奴隷にしたわけじゃない。彼が自ら奴隷になると言ってきたのは事実さ。嘘だと思うなら本人に聞いてみるといい」


 これにはルークも返す言葉がなかった。


 確かに自分たちの倫理観とは違うがこれがこの街の常識なのだ。


 今そこを議論したところで堂々巡りになるだけだろう。


「……わかりました。まだ納得はしていませんが郷に入っては郷に従えという言葉もあります。ひとまずこの件については置いておくことにしましょう」


「それがいいだろうね。君たちはまだこの街のことを知らない。まずは受け入れることだね」


 ランカーはそう言うと立ち上がった。


「さて、今日は大物を倒してみんな疲れただろう。宴は早めに切り上げて休むことにしよう。ルーク、君たちは泊まる場所を決めているのかい?」


「はい、【止まり木亭】という宿を勧められていまして」


「そうか、あの宿は私も保証するよ。《蒼穹の鷹》のメンバーだといえば安くしてくれるだろう。3日後にダンジョン攻略を行うからその時にまたここに来てくれ。それじゃ、これで失礼するよ」


 そう言うと《蒼穹の鷹》のメンバーは去っていった。







「……どうする?」


 4人が去った後でルークたちは顔を見交わした。


「正直最初は良い人たちだし渡りに船だと思ってたんだけど……なんか思ってた印象と違ってたような……」


 シシリーは肘をつくと手に顎を乗せ、困ったようにため息をついた。


「ごめん……商売を優先しすぎてきちんと見れてなかったみたい。嫌だったら断ってもいいよ。私の方はなんとでもなるんだし」


「いや、シシリーのせいじゃないよ」


 ルークが頭を振る。


「ランカーの言う通り彼らにとってはこれが普通のことなんだと思う。だとしたら今後この街で何をするにしても直面することになるだろう。だったらここで断っても断らなくても同じことだよ」


「確かに……国が違えば常識は違うものだし、合わないからできませんだとどこにも行けなくなっちゃうか……」


「そうよね、私もびっくりしたけどこの街では当たり前のことなのかも」


 アルマが頷く。


「とりあえずはこの街のことを知るためにも彼らと行動を共にしてみよう。判断するのはそれからでも遅くはないと思う」


 そうは言ったものの、ルークも自らの頭の中に疑念が沸き起こりつつあるのは認めざるを得なかった。


 思えば森の中から何かあのパーティーには違和感があった。


 この街の制度云々の前にあの4人には何かがある、そんな気がしてならなかった。





    ◆





「ランカー、本当にあいつらを仲間にする気なのかよ」


「もちろんだとも。お前も連中の力を見ただろう。シシリーとかいう女はともかくあの2人はかなりのやり手だ」


 通りを我が物顔で歩きながらランカーがグスタフに答える。


「それに今度のダンジョン攻略はかなり大掛かりになる。手勢は多いに越したことはない」


「あいつらなんかいらねえって!いつも通り獣人どもを使えばいいじゃねえか!」


 グスタフには納得がいかなかった。


 ランカーにいつも言われているから愛想よくしてはいたが、あの3人は最初から気に食わなかったのだ。


 1人だけスパイクベアーにやられたところを見られているというのは自意識プライドの高いグスタフには我慢できないことだった。


 女2人はまあいい、2人とも器量よしだし頼み込むなら仲間に入れるのも許してやってもいいだろう。


 しかしあのルークといういけ好かない男だけはどうにも受け入れ難かった。


 ああいう全てを見透かしたような男を入れたら碌なことにならないと野生動物のような感が告げている。



「駄目だ。今回の討伐はかなり大掛かりになる。獣人どもだけでは足りないかもしれない」


「でもよお……」


「グスタフ」


 尚も食い下がるグスタフにランカーが低い声で答える。


「私の言うことが聞けないのか?」


「あ、いや……そんなわけじゃあ……」


 グスタフが冷や汗を流しながら身を引いた。


 ランカーはメルカポリス最強と呼ばれる魔法剣士だ。


 グスタフ如きが叶う相手ではないのは本人がよく知っていた。


「だったらこれ以上言うな。連中がいた方が効率よくダンジョン攻略ができると私が判断したのだ」


「私は別に構わないけどね~あのルークって子、割とかわいかったし」


「……無駄な出費にならなければなんでもいいです」


 エセルとレスリーは2人の会話もどこ吹く風だ。


「……わかったよ。おいこら、何をちんたら歩いてやがる!」


 グスタフは渋々答えると後ろを歩いていたピットをいきなり殴りつけた。


「あぐっ」


 金床のようなグスタフの拳をまともに受けてピットが吹き飛ばされる。


 しかし手を差し伸べる人は誰もいなかった。


 この街で奴隷であるということ、それはその肉体は本人のものでなく主人のものであることを意味している。


 先ほどのグスタフのように明らかな八つ当たりであっても逆らう権利などないのだ。


「グスタフ、人の眼があるんだ。その辺にしておけ」


 ランカーがたしなめる。


 しかしそれはピットのことを思ってではない、あくまで自分たちの評判を気にしてのことだ。


「我々はこの街の勇者なんだ。勇者らしい行動を取らなくてはな」


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