第72話:裏路地の諍い

「な、何しやがんだ!」


「てめえっ!見かけねえ顔だが何者だ!」


 男たちが一斉に色めき立つ。


「事情はわかりませんが多勢に無勢じゃないですか」


「事情が分からねえならすっこんでやがれ!」


 尻もちをついた男がルークに掴みかかる。


 ルークは胸倉を掴まれたその手首を固定すると体重を前にかけた。


「うおっ!?」


 体重を崩された男が膝をつく。


 なんとかその手を逃れようとしているが完全に体勢を崩されているために全く動くことができない。


「事情は分からないと言っても子供にまで手をかけるのは流石にやり過ぎじゃないですか」


「て、てめ……何しやがる……痛……痛ぇって!わかった!わかったから放しやがれ!」


 関節を決められた男が悲鳴を上げる。


 ルークが手を放すとよろよろと立ち上がった。


 途端に男たちがルークを囲む。


「てめえ……調子乗ってんじゃねえぞ」


「俺たちグリフォン町愚連団に喧嘩を売るとは死にてえらしいな」


 ドスの効いた声と共にルークを睨みつける。


「ルーク、手伝った方が良い?」


 その輪の後ろからアルマが声をかけてきた。


「いや、大丈夫だよ。もう少し待ってて」


 笑顔でルークが手を振る。


「……てめえ、よっぽど死にてえのか!」


「明日の新聞に載ったぞてめえ!」


 グリフォン町愚連団を名乗る男たちが一斉に殴り掛かってきた。






 1分後、グリフォン町愚連団は全員地面に這いつくばっていた。


「つ、強え……」


「何者だ……こいつ……」


 うめき声を上げる男たちに一瞥を向けるとルークは獣人たちの前に腰をかがめた。


「大丈夫?」


「ひっ!」


 少女が怯えた眼で身をすくめる。


「あんな後じゃ怯えるのも無理もないよ」


 アルマがルークの前に出ると少女の前にしゃがみ込んだ。


「大丈夫、この人は凄く強いけど乱暴はしないから。怪我はない?」


 少女が微かに頷く。


「良かった。もう大丈夫だから……」


「リア!」


 突然背後から聞こえてきた声に振り返るとそこには《蒼穹の鷹》の従者、ピットが立っていた。


「兄さん……」


 ピットを見て少女の顔が一瞬緩む。だがそれも一瞬で少女の表情はすぐに険しいものへと変わってしまった。


「大丈夫か!」


「触らないで!」


 駆け寄るピットの手を少女 ― リアという名前らしい ― が叩くように払いのける。


「リア……」


「兄さん、いえあなたには関係ないわ」


 リアは固い声と共に立ち上がるとルークに振り向いた。


「助けてもらったこと対してはお礼を言います。でもこれ以上関わらないで。私たちは平気だから」



 それだけ言うと仲間の獣人を引き連れて人混みの中へと消えていった。



「リア……」


 ピットが沈んだ顔でそれを見送っていた。



「なんだったの……?」


「さあ?」


 アルマとルークは不思議そうに顔を見合わせた。


「て、てめえ……よくもやりやがったな」


 グリフォン町愚連団の男がよろよろと立ち上がる。


「俺たちをここまで虚仮にしやがったツケは必ず払わせてやる」


「まだやるんですか」


 ルークが軽くため息をつく。


「当たり前だ!この街にいる限りてめえらに逃げ場なんてねえぞ!とことんまで……」


「そこまでにしたまえ」


 男の虚勢が途中で遮られた。


「なんだ!邪魔するんじゃ……ラ、ランカー……さん?」


 振り返った男の顔から音を立てて血の気が引いていく。


 そこに立っていたのはランカーだった。


「そこの御仁は私の友人なのだがね。その友人に喧嘩を売るということは私に喧嘩を売っていると捉えてもいいのだね?」


「めめめ、滅相もねえ!あんたの友達だと知ってたらこんな真似はしねえよ!おい、さっさと行くぞ!」


 男は慌てて地面に伸びていた仲間を起こすとそそくさと立ち去っていった。


 ランカーが軽くため息をつく。


「全くしょうがない連中だ。すまないね、君たちにこの街の嫌な面を見せてしまった」


「いえ、ああいう連中はどこにでもいますから。それよりも助かりました」


「構わないさ。勇者という称号はこういう時に便利でね。トラブルは向こうの方から避けてくれるよ」


 ランカーはそう言って笑うと通りを指差した。


「さ、そろそろ行こう。そのお店はすぐそこだよ」





    ◆





  ルークたちが案内されたのはメルカポリスにある冒険者ギルドの1つ【鷹の巣】だった。


 レストランと酒場が併設されていて街中はおろか近隣で活動する冒険者たちが旧交を温め、情報を交換する場となっている。


「ギルド内のレストランといっても味は保証するよ。世界中を旅してきた冒険者の間でも評判なんだ」


 ルークたちが席に着くや否やエールの入ったグラスと大皿に盛られた焼肉が運ばれてきた。


「それでは、我々の出会いに……乾杯!」


 ランカーの音頭でグラスが打ち鳴らされ、食事が始まった。


「美味!なにこれ!凄く美味しい!」


「ほんと、こんなのセントアロガスでも食べたことないよ!」


 次々と出される大皿料理にアルマとシシリーは目を丸くしながら無我夢中で頬張っている。。


「これは本当に美味しいね。師匠にも食べさせてあげたいな」


「ハハハ、メルカポリスは大陸中の交易路が交わる国だからね。世界中の美味が集まる場所とも言われてるんだ」


「噂には聞いていたけど、これはそれ以上ですね。大陸きっての交易都市というのも納得です」


「でもそうとわかったら尚更自信がなくなってきたよ……どうやって商品を売ろう……」


 衣をつけて揚げた魚に甘酸っぱいタレをかけた東国の料理を頬張りながらシシリーがため息をつく。


「そのことなんだけど……」


 ランカーが口を開いた。



「君たち、《蒼穹の鷹》に入らないか?」


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