第71話:クラヴィ・セルフィス
セルフィス商会の屋敷は街の中心部にある大広間に面して建っていた。
門兵はランカーの姿を認めると何も言わずに中へ通し、ルークたちもそれに続いて屋敷の中に案内された。
「凄いね、紹介状貰ってきたのに必要なかったよ。これは幸先いいかもよ?」
シシリーが声を弾ませる。
「この調子だと一気に大型契約を結べたりして。そうなったらシシリー貿易の大きな一歩だよ!」
しかしそれからいくら待ってもクラヴィは現れなかった。
1時間近くたつというのに誰も姿を現さない。
「一体いつまで待たせるのよ。本当に話が付いてるの?」
シシリーが苛々とし始めた時、扉の開く音がした。
「お前たちか、儂に会いたいという商人は」
それはシャツのボタンが弾けそうなくらいでっぷりと太った大男だった。
薄くなった髪を横に撫でつけ、これまた薄い髭を鼻の下に蓄えている。
「あ、あなたがクラヴィ・セルフィス殿ですか?初めまして、私はシシリー・ウィンザーといいます!今日はセントアロガスのコンラート商会の口利きで……」
「ああ良い良い、そういうのは」
慌てて立ち上がって挨拶しようとするシシリーを面倒くさそうに手で制するとクラヴィはどかりとソファに座り込んだ。
「儂は忙しいんだ。手早く済ませてくれ」
「っ……わ、わかりました」
気勢を削がれかけたシシリーだったが、気を取り直して鞄に入れてきた瓶をテーブルに並べた。
「これはセントアロガスで作った瓶です。セントアロガスのガラス職人は腕がいいことで知られています。メルカポリスの目玉商品である魔法薬をこれに入れたら更に映えるのではないかと」
「ふん」
クラヴィは瓶をつまんでしばらく眺めていたが興味ないと言うように転がした。
「せいぜい1本につき銅貨2枚だな」
「なっ!どっ……2、2枚?」
シシリーが息を呑む。
「ガラス瓶などメルカポリスには幾らでも売っている。それを差し置いてどこの馬の骨とも知れぬ若造と取引をするならばその値段が妥当だろう。持ってきた分は今の値段で買い取ってやる。それが嫌なら荷物をまとめて帰ることだ」
クラヴィは話は終わったと言うように立ち上がった。
「もし今後も儂と取引を続けたいのであればその時は1本につき銅貨1枚だ。今回はサービスで2倍の値段で買い取ってやるのだ、ありがたく思うのだな」
それだけ言うとよたよたと体を揺らしながら部屋を去っていく。
「な……な……な……」
後には言葉も出ないシシリーが残されるだけだった。
「なんなのあのクソ親父!」
通りにシシリーの怒号が響き渡る。
クラヴィの屋敷を飛び出したシシリーは足音も荒々しく通りを歩いていた。
「ちょ、シシリー、落ち着いて。みんなに聞かれるってば」
「だからなんだってのよ!ふざけんじゃないわよ!」
慌ててなだめるアルマの言葉も激怒するシシリーには届かない。
「はるばるセントアロガスから来たってのに足元見やがって!あんな野郎との商売なんてこっちから願い下げだっての!」
シシリーはひとしきり叫ぶと立ち止まり、空を見上げて大きく深呼吸をした。
「ごめんね、せっかく3人で来たのに気分悪くさせちゃって」
2人に振り返ったその顔には笑みが戻っていた。
が、無理して笑っているのは見え見えだ。
「いや、シシリーの気持ちはわかるよ。商売のことはわからないけどあの態度は僕も酷いと思った」
「そうだよ、私だったら手が出てたと思う。我慢しただけシシリーは偉いよ」
「2人ともありがとう。そう言ってもらえてちょっと元気出た」
シシリーが寂しげに笑う。
「あ~あ、でも結局1から顧客探しか。他に伝手はないし、どうやって始めたらいいんだろ」
「ああ、ここにいたのか、探したよ」
後ろから聞こえてきた声に振り返るとそこに立っていたのは《蒼穹の鷹》の5人だった。
「君たちが突然屋敷を飛び出していったと聞いて慌てて追いかけてきたんだ。何があったんだい?」
「どうもこうもないですよ!てんで話にならなかったんですから!なんなんですか、あのクラヴィって人は!」
「まあまあ、ここじゃなんだからもっとゆっくりできるところで聞かせてくれないかな?食事はまだなんだろ?良いお店を紹介するよ」
シシリーの迫力にはランカーも若干たじろいでいる。
「……そうですね。正直僕らもこれからどうするか決めあぐねていたので少し話を聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろんだとも!こちらだよ」
3人はランカーたちに案内されて裏路地へと入っていった。
「この街は大皿料理が名物でね。みんなで食卓を囲むのが人気なんだ。今から行くお店は街でもとくに有名なお店でね、普段は行列に並ばなくちゃ入れないくらいだけど我々と一緒なら顔パスだよ」
そんな話をしながら裏路地を進んでいく。
大通りよりは人混みが少なくなっているとはいえ行きかう人々は相変わらず多く、喧騒も負けないくらいだ。
「止めて!もう充分でしょ!」
そんな悲鳴が聞こえてきたのは細い十字路を横切ろうとした時だった。
横に伸びる通りに人だかりができている。
若い女性の悲鳴はその中から響いていた。
「なんだろう?」
ルークたちは顔を見合わせると人混みの方へと踵を返した。
「あ、君たち、どこへ行くんだい?」
ランカーたちがその後を追う。
「ぐあっ」
別の叫び声が聞こえてきた。
人だかりの中心にいたのは数名の獣人だった。
周りの人々の容赦のない蹴りや鉄拳を浴びている。
「へ、臭え臭え獣人がこの辺をうろつくんじゃねえよ」
「今度その薄汚え顔を見たら容赦しねえと言っただろ」
柄の悪い男たちがニヤニヤと笑いながら獣人たちを取り囲んでいる。
「ちょっと!いい加減にしてよ!私たちが何をしたっていうのよ!」
獣人の少女が必死に抗議の声を上げているがその顔にはありありと恐怖が浮かんでいる。
男が手の甲でその獣人を張り飛ばした。
「あうっ!」
獣人の少女が叫び声と共に地面に倒れ込む。
「おお汚え。獣人の病気が移っちまうぜ」
男が大げさに手を拭く真似をすると周りの人間からどっと喝采が起こる。
「何をしただと?そんなのはてめえらの爺様やその爺様に聞いてみるんだな。汚えてめえら獣人が俺たち人族に何をしたのかってな」
「そんなの……でまかせじゃない……」
少女は尚も食い下がったがその声に先ほどの力はなく、無念さがにじんでいる。
「うるせえよ、いいから薄汚え獣人はさっさと街から出て行きやがれってんだよ!」
男が足を持ち上げた。
「くっ」
少女が体を震わせて目をつぶる。
足を振り下ろそうとした男の襟首が急に掴まれた。
「おわっ!」
バランスを崩してそのまま後ろに倒れ込む。
「その辺にしたらどうですか」
その手の主はルークだった。
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