第2章:勇者と商人
第68話:シシリーの依頼
「わたし実家に戻るから」
大規模討伐から数か月、シシリーがアルマにそう切り出したのは穏やかな夜のことだった。
「突然どうしたの?何かあったの?」
「どうしたって訳じゃないけど……いやあるかな、ほら、例の事件でグルトン商会が廃業したでしょ」
「ああ、そういえば……」
数か月前にアロガス王国を揺るがしたセントアロガス疑獄は今もまだ人々の口の端に上っているくらいだ。
貴族の他に関わっていた商人も多数逮捕され、中でも貴族と商人の仲介を行っていたグルトン商会には厳しい措置が取られていた。
「廃業になったグルトン商会の事業の一部を実家が譲受することになってさ、そのお陰でめちゃくちゃ忙しくなったから戻ってきて手伝えって言われてるのよ。フローラのおかげで衛兵を早期名誉除隊できたし、ちょうどいいかなって」
アルマとシシリーはセントアロガス疑獄で大きな役割を果たしたということで褒賞として兵役を繰り上げてもらっていたのだ。
「そっか……シシリーは前から兵役を務め上げたら商人に戻ると言ってたもんね。でもそれじゃあここでの暮らしともお別れになるんだね。寂しくなるな……」
ソファで足を抱えながらアルマがお茶をすする。
2人は衛兵になった時からルームシェアをして一緒に暮らしてきた。
そんな2人にも人生の岐路が来たのだと少しの寂寥感を感じるアルマだった。
「そのことなんだけどさ、実はアルマとルークにちょっとお願いがあるんだよね」
「お願い?」
「うん、実を言うともう動き始めててさ、私がグルトン商会の事業を引き受けることになってんのよ。それで近々その商品を売り込みに行くんだけど、その時に2人に護衛を頼みたいんだよね」
「護衛……」
それは意外な依頼だったが、アルマにとっては渡りに船でもあった。
シシリーと同じように衛兵を除隊したアルマも将来を考える時期に来ていたのだ。
幸いアヴァリス卿の横槍がなくなったランパート領は経済的に立て直しつつある。
ウィルフレッド卿も領地のことは気にしないで若いうちはやりたいことをいろいろやってみろと言ってくれている。
しかし自由にやれと言われると自分が何をやりたいのか分からなくなってしまうものだ。
イリスを解放するという目標はあるものの、そこを目指すためにまず何から手を付けていいのかもわかっていない。
ルークと話をして2人で冒険者をやろうと話は進んでいるが、冒険者になったとしても何をするべきなのか全く見えていないのも事実だった。
そんな時に降ってわいてきた護衛の依頼は一歩踏み出すのにちょうどいい案件のように思えた。
「うーん、私は別にいいけど、ルークはどういうかな……とりあえず確認してみないと」
「じゃあ明日2人で会いにいかない?その時に詳しい話をするからさ」
◆
「いいよ。ちょうど僕もどこかに行きたいと思っていたし」
銀星亭のレストランで2人から説明を聞いたルークはあっさり承諾した。
「ルークなら引き受けてくれると思ってた」
「僕も山を下りてから色々旅してみたいと思ってたからね。ちょうどいい機会だよ」
満面の笑みを浮かべるシシリーにルークが笑みを返す。
実のところこの話はルークにとっても願ったりだった。
5年間山で過ごす前は学園生活、その前はナレッジ領で暮らしてきたルークはほとんど外界を知らない。
いつかもっと広い世界を見てみたいと思っていたのだ。
「それで、どこに行って何を売るつもりなのかな?」
「それはこれから説明するよ。行く先はアロガス王国の隣にある都市国家メルカポリス」
シシリーがテーブルの上に地図を広げた。
メリカポリスはアロガス王国の西に位置している。
「セントアロガスからは荷竜車で2週間くらいかな。メルカポリスはアロガス王国とも交易があるから街道は整備されてるし今回は売り込みでそんなに荷物もないから移動に苦労はないと思う。とは言え全く危険がないわけじゃないし私も新人商人だから何が起こるか正直読めないんだよね。だから見知った2人に護衛をお願いしたいわけ」
地図に引かれた街道を指でなぞりながらシシリーが続ける。
「商品はグルトン商会が密造薬に使ってた瓶。メルカポリスは魔法薬の流通が盛んだから需要があるんじゃないかと思って」
「なるほど、交易都市国家か。それは面白そうだね」
「メルカポリスといったらアップルパイが有名じゃない!しかも今はちょうどリンゴのシーズンだし!」
ルークとアルマが眼を輝かせる。
「興味を持ってくれたみたいで良かった。出発は1週間後、出入国の手続きはこっちでやっておくから心配しないで。あと……その、言いにくいんだけど……」
シシリーが申し訳なさそうに2人を見る。
「私もまだ新人だからさ、資金があんまりないのよ。それで……2人への依頼料なんだけど……ちょおっとまけてもらってもいいかな?宿泊費と食費はこっちで持つから、お願い!」
「ああ、別にいいよ」
ルークはあっさり首肯した。
「困った時はお互い様だし、シシリーには色々お世話になってるからね」
「ほんとに?ありがとう!ルーク様!」
シシリーが眼を輝かせる。
「しょうがないわね。まあ旅費を持ってくれるんならそれでいいわ。私とシシリーの仲だし」
「ありがとうアルマ!いやー実を言うとギルドに依頼すると結構高いからさ。2人なら引き受けてくれるんじゃないかと思ったのよ」
「そんなことだと思った」
アルマが苦笑する。
「でもこの3人で旅行するなんて初めてだし、ちょうど良い機会だよね」
ルークはそう言うと2人に微笑んだ。
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