第69話:魔獣と勇者
荷竜車がごとごと揺れながら街道を進んでいく。
「この森を抜けたらメルカポリスだね」
シシリーの言葉通り周囲は深い森に囲まれていた。
頭上には緑のキャンパスに引かれた1本の線のように青空が覗いている。
「この調子だと昼過ぎには着けるかな?」
「……ちょっと待った」
しかし御者台のルークはそんなシシリーの言葉に相反するように手綱を引いて走竜を止めた。
「どうしたの?トイレ?」
「さっきから鳥の声が聞こえてないんだ。何かがおかしい」
訝しむルークに呼応するように森の奥で咆哮が轟いた。
「あれは?」
「こっちに来るぞ!」
警告と共にルークが御者台から飛び降りると木立がへし折れる音と共に目の前に影が飛び出してきた。
「人ぉっ!?」
驚くシシリーの言葉通りそれは人、しかも剣士だった。
全身を覆う鎧は戦いで汚れ、手には剣を手にしている。
続いて更に人が飛び出してきた。
盾と戦槌を持った屈強な男、そして女魔導士が2人。
「何をしてるんだ!早く逃げろ!」
ルークたちに気付いた剣士が叫ぶ。
同時に森の奥から巨大な影が現れた。
「スパイクベアー!?」
それは体長5メートルはあろうかという巨大な熊型の魔獣だった。
名前の通り全身にびっしりと棘状の毛が生えている。
獰猛な性格で棘が防御と攻撃の両方を兼ね備えているため上級冒険者のパーティーでも時に全滅することがあるほどの魔獣だ。
スパイクベアーの姿に驚いた走竜がパニックを起こし、荷台の木箱がガタガタと揺れる。
「ひええええ、荷物が!私の商品がああっ!」
シシリーが青い顔で叫ぶ。
「シシリーは荷物と一緒に離れて!」
ルークとアルマはスパイクベアーに向かっていった。
森の中から現れた4人のパーティーがスパイクベアーと戦っている。
「
黒衣の女魔導士が火炎弾を撃ちだした。
顔面に火炎弾を受けてスパイクベアーがのけぞる。
「
白衣の魔導士の魔法と共に2人の戦士が光に包まれた。
男がスパイクベアーの足下に戦槌を振り下ろす。
よろめいたところに剣士が飛びかかった。
棘のない脇の部分が切り裂かれ、真っ赤な血が流れだす。
「良い連携だね」
ルークが感心したように呟く。
4人は見事なチームワークでスパイクベアーを攻め続けている。
ルークたちの出る幕はないように見えたが手負いの魔獣は時として予想外の強さを見せることがある。
「グオオオッ!」
狂暴な咆哮と共にスパイクベアーがめちゃくちゃに腕を振り回してきた。
戦槌の男が持っていた盾が吹き飛ばされ、返す腕が巨体を吹き飛ばす。
腕が掠めただけで男の全身がズタズタに引き裂かれた。
「グスタフ!」
剣士が叫ぶ。
「ヒ、ヒーリング!」
白衣の魔導士が慌てて治癒魔法をかける。
命に別状はないようだがこれで戦力は半減してしまった。
容赦ないスパイクベアーの攻撃が剣士に襲い掛かる。
「クッ!」
慌てて剣を構えるがとても受けきれないことは誰の目にも明らかだった。
「ランカー!」
黒衣の魔導士が悲鳴を上げる。
しかし吹き飛んだのはスパイクベアーの方だった。
巨木をへし折りながら森の中に消えていく。
「大丈夫ですか?」
ルークが剣士に駆け寄った。
「あ、ああ……だが君たちは?」
剣士が驚いたようにルークを見上げる。
その眼が驚愕に見開かれた。
「まだだ!まだあいつは生きてるぞ!」
ルークの背後、森の奥からのっそりとスパイクベアーが姿を現した。
「ああ、あれならもう大丈夫ですよ」
その言葉通りスパイクベアーはゆっくりと前のめりに倒れていった。
地響きと共に崩れ落ち、やがて魔素に戻っていく。
「ルーク、大丈夫だった?」
その後ろから鎧姿のアルマが現れた。
「問題ないよ。お疲れ様」
スパイクベアーを倒したルークとアルマがハイタッチをする。
「き……君たちは一体何者なんだ?あのスパイクベアーをたった2人で……」
剣士はそんな2人を信じられないとでもいうように見つめていた。
「まず自己紹介させてくれないか、私はランカー・ベルネックだ。助けてくれてありがとう」
剣士、ランカーはそう名乗ると右手を差し出した。
「ルークです、みんなが無事でなによりです」
ルークがその手を握り返す。
「俺はグスタフ・レッドだ。助かったぜ」
戦槌を持った男が歯をむき出して笑いかける。
「エセル・マコニルよ、よろしくね」
赤毛で黒衣の女性魔導士が微笑む。
「レスリー・セインツです、加勢していただきありがとうございます」
白衣の魔導着を着たプラチナブロンドの男性が頭を下げる。
ランカーがルークの手を握りながら激しく上下に振った。
「私たちは《蒼穹の鷹》というパーティーなんだ。魔獣討伐の最中だったんだけど予想外の相手で苦戦していたところだったんだ。おかげで討伐できたよ。お礼のしようもないくらいだ」
「いえ、困った時はお互い様ですよ」
「私はアルマ・バスティール、ルークと一緒に冒険者をしています」
「私はシシリー・ウィンザー、商人でメルカポリスに行く途中なんです。2人は友達で護衛をしてもらっていて」
「君たちはメルカポリスに行く途中だったのか!それは良かった!私たちはそこに所属する冒険者なんだよ!良かったら案内させてくれないか?助けてもらったお礼をさせてくれ!」
シシリーの言葉にランカーが眼を輝かせた。
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