第60話:クレイブ神殿の決戦

 瞬間、ルークたちはクレイブ神殿の前に立っていた。


「こ、これは一体?」


 フローラが目を丸くしている。


「あらかじめ転移魔法の座標を設定していたんです。それよりもあれを!」


 ルークが指差したクレイブ神殿の本殿、そこにベヒーモスはいた。


 屋根の上に跨って眼下を睥睨している。


「あれがベヒーモス……」


 フローラの声が震えている。


「い、今のうちに退避しましょう。あれほどの魔獣を討伐するには今の人数では少なすぎます」


「駄目なんです」


 ルークが悔しそうに首を振った。


「ベヒーモスは神獣と呼ばれるほどの力を持った存在です。既に周囲を領域封鎖ロックダウンしています」


「し、しかし……私たちは神殿の外まで出てこれたのですよ?」


「範囲が広いのです。ベヒーモスの領域封鎖ロックダウンはこの周囲1キロに及んでいます」


「そんな……」


 フローラが絶句する。


「ベヒーモスはいずれセントアロガスを目指す可能性があります。人が住むエリアは他に比べて魔素が濃いからです。その前に何としても止めなくてはいけません」


 ルークは神殿に眼をやった。


「幸い神殿の魔導機構はまだ使えるようです。これを利用すれば足止めくらいにはなるかもしれません。そのためにはここにいる全員の協力が必要です」


「ふざけるな!」


 声を張り上げたのはゲイルだった。


 憎しみのこもった眼でルークを睨みつける。


「何故貴様なんぞに協力せねばならん!第一何故貴様が指示しているのだ。ここを指揮するのは俺だ!」


「殿下、今はそのようなことを言ってる場合では……」


「お前は黙っていろ!おい、を持ってこい!」


 従者がゲイルの元に一振りの剣を持ってきた。


 鞘から抜き去った刀身が白銀のような光を放っている。


「アロガス王家に伝わる聖剣バニッシャーだ。かつて灰色竜グレイドラゴンを封印する時にも使われたという。この俺が使えばベヒーモスとて敵ではないわ」


「それよりもみなで力を合わせてあれを抑え込む方法を考えないと……」


「黙れ!」


 ゲイルはルークを突き飛ばすとベヒーモスに向かっていった。


「貴様の協力など死んでも願い下げだ!黙ってそこで見ていろ!」


「風よ!」


 風の飛翔魔法を使って大きく飛び上がる。


「我が渾身の一撃、とくと喰らえ!」


 ゲイルの振るう聖剣バニッシャーはベヒーモスの鋼鉄のような剛毛を断ち切り、首筋に深々と突き刺さった。


「「「「おおおおっ!!!」」」」


 兵士たちの間に歓声が沸き起こる!


 しかしベヒーモスがうるさそうに首を振るとゲイルは凄まじい勢いで地上へと激突した。


「殿下!」


 フローラが慌てて治癒魔法をかける。


「ク、クソ……あと一歩だったのに……」


「無茶はお止めください。あれは1人でどうこうできるものではありません」


 ルークがゲイルの前に立った。


「や……止めろ……あれは俺の獲物だ……」


「そんなことを言ってる場合ではないでしょう」


 ルークはそう言うと神殿に向かって走っていった。


「魔導士の皆さん、力を貸してください!今からあいつの動きを止めます!」


 神殿の前にある巨大な碑に手をかざす。


(やっぱりこの神殿自体が巨大な封印装置になっているんだ!)


 旧帝国時代は今より遥かに強力な魔獣が跋扈していたと言われている。


 人々はその脅威から身を守るために多くの封印装置を建立してきた。


 灰色竜グレイドラゴンを封印したのもこの神殿に元々備わっていた機能を流用したものなのだろう。


(旧帝国時代の遺物についてイリスから教わっていて良かった)


 ルークの左手が碑に触れると地面から発した光の筋が神殿へと走っていく。


 神殿の四隅にある鐘楼から魔力の光が立ち上り、ベヒーモスに絡みついた。


「みなさん鐘楼へ魔力の供給をお願いします!」


「「「「は、はいっ!!!!」」」」


 魔導士たちが鐘楼へと走っていく。


 ベヒーモスを捉える魔力の縄が更に光を増していった。


「ブモオオオオオッ!!!」


 絶叫と共にベヒーモスが中庭へと落下していく。


「今です!ベヒーモスを拘束できるのはおよそ5分、その間にできるだけダメージを与えてください!」


「「「「「おおっ!!!」」」」


 ルークの檄に呼応して兵士たちがベヒーモスに殺到していった。


 みなが手にした武器で、唱えた魔法で攻撃を与えていく。。


「いいぞ!俺たちの攻撃は届いている!」


「攻めろ攻めろ!手を止めるな!」


「これを逃したら次はないと思え!」


 兵士たちの意気も最高潮に達していた。



「や、止めろ……何故そいつに協力する……!お前らの長は俺だ、俺なんだぞおおおお!!!」


 ゲイルの絶叫も戦いに集中する兵士たちには届かない。




 戦いは順調に進んでいるように思えた。


 しかし相手は神獣と呼ばれる絶対的な存在だ。


「!」


 異変に気付いたのはルークだった。


 ベヒーモスの魔力が急速に体内へと溜まっている。


「みんな下がって!」


 兵士たちが避難した直後にベヒーモスを拘束していた魔力の縄が断ち切られた。



 絶叫と共にベヒーモスが突進してくる。


 その向かう先にはゲイルとフローラがいる。


 フローラはゲイルを肩に担いで逃げようとしたがとても支え切れる様子ではない。


「馬鹿野郎!早く逃げろ!」


 ゲイルはフローラを突き飛ばすとヨタヨタと離れていった。


「こっちへ来い!この毛玉野郎!お前に剣を突き立てたのはこの俺だ!」


 怒りに眼を滾らせたベヒーモスがゲイルへと向かっていく。


「ゲイル!」


 フローラが悲鳴を上げる。


 ベヒーモスの巨大な足がゲイルを踏みつぶそうとした時、その顔面に巨大な火球が命中した。


「ブガアアアッ」


 ベヒーモスがのけぞって吠える。

 

 はずみで首に刺さっていた聖剣バニッシャーが外れ、ゲイルの足下に落ちた。


「こっちだ!」


 左手から火球を撃ちだしながらルークが叫んだ。


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