第61話:覚醒

 ルークの放った火球はベヒーモスに大したダメージを与えてはいないが注意を誘うことには成功したようだ。


 苛立たしげな表情を見せるとルークに向かって突進していく。


「今だ!」


 ルークはすばやく碑に飛びつくと再び神殿の封印機能を起動させた。


 魔力の縄が再度ベヒーモスに絡みつく。


「今回も5分です!それの前に退避を!」



「「「「「おおおおおおおっ!!!!」」」」」


 兵士たちが再びベヒーモスに襲い掛かった。




「ルゥゥゥゥゥクッ!何故俺を助けたっ!俺よりも強いと言いたいのか!俺は認めん!認めんぞぉっ!」


 ゲイルは憎しみに燃えた眼でルークを睨みつけるしかできなかった。


(何故だ!何故俺は奴に勝てん!魔力も剣技も俺に勝てる奴などいなかった!俺は最強のはずだ!あんな奴に俺が劣るというのか!)


 ゲイルの胸の奥からドス黒い感情が溢れだしてくる。


 初めて体験する感覚、それが嫉妬だということをゲイルはまだ知らない。


 しかしその感情をゲイルは認めるわけにはいかなかった。


 認めることは今までの自分を否定すること、言うなれば自分で自分を殺すことだと感覚で理解していた。


 しかし胸の奥から溢れてくる感情はもはや抑えきれないほどになっている。


 怒りと憎しみ、嫉妬と絶望がおりとなってゲイルの胸に満ちていく。


 膨大な密度となったそれが身体の奥に新たな火をつけた。


「認めん……俺は絶対に認めんぞぉぉぉぉっ!!!!」


 ゲイルは身体の奥から不思議な力が湧き上がってくるのを感じていた。


 初めて目覚めた嫉妬という感情、皮肉なことにそれがゲイルの奥底にあった力を目覚めさせたのだ。





「5分!みんな退避を!」


 ルークの声と同時に魔力の縄が砕け散った。


(ベヒーモスが次の攻撃に移る前に再び動きを封じなければ!)


 しかしベヒーモスは動かない。


(?)


 意外な展開に一瞬ルークが戸惑った時、ベヒーモスの角が光を放った。


「まさか!」


 瞬時に魔力弾が放たれる。


 破壊力よりも射出時間に重きを置いたその魔力弾は威力こそ低いものの、神殿の鐘楼を1棟破壊するのには十分な力を持っていた。


「不味い!」


 ルークの顔が青ざめる。


 鐘楼が破壊されてしまえばベヒーモスを封じる魔力の縄の出力が著しく落ちてしまう。


 慌てて碑に駆け寄った時、ルークの頭上を飛び越す一筋の影があった。


「うおおおおおおっ!」


 裂帛の掛け声と共に影がベヒーモスに斬りかかる。


 あらゆる武器をはねのけるベヒーモスの分厚い皮膚がいともたやすく切り裂かれた。


「ゲイル王子!?」


 それは聖剣バニッシャーを手にしたゲイルだった。


「フハハハハ、力が、力がみなぎってくるぞ!これが、これこそが俺の力か!」


 ベヒーモスの前に仁王立ちになったゲイルが高らかに笑う。


 ルークは目を丸くしてゲイルを見ていた。


 魔力の質が今までのゲイルとは全く違う。


 手にした聖剣バニッシャーはゲイルの魔力に耐え切れず、形を留められなくなっているほどだ。


「まさか……あれが絶対支配ドミネーションの真の力?」


 ゲイルの固有魔法、絶対支配ドミネーションは対象を意のままに操る魔法だがその本質は支配することでその対象が持つ本質的な力を引き出すことにある。


 そして剣の持つ本質、斬る力を限界まで引き出せば例え神獣であろうと容易く切り裂くことができるほどになるのだ。


 今、ゲイルは聖剣バニッシャーを真に聖剣たらしめていた。


「ハハハ、ハハハハハハハ!これが絶対支配ドミネーションの本当の力か!凄い!これは凄いぞ!」


 高笑いしながらゲイルはベヒーモスに剣をかざした。


「この力があれば貴様など俺の敵ではないわ!俺の強さを知らしめるしるべとなるがいい!


「ゴオオオオオッ!」


 雄叫びと共にベヒーモスの角がまばゆい光を放つ。


「させるかよ!」


 ゲイルが飛んだ。


 紫電一閃、ベヒーモスの片角が切り飛ばされ宙を舞う。


「これで魔力弾とやらも撃てまい!止めだ!」


 勝利を確信したゲイルがベヒーモスの眉間に剣を振り下ろす。



 その衝撃で聖剣バニッシャーが砕け散った。



「は?」


 何が起きたのか理解できずに呆気にとられるゲイル。


 同時にその身体が急に重くなる。



「魔力が……尽きたんだ」


 下で見ていたルークがやるせない顔で呟いた。


 真の絶対支配ドミネーションは確かに凄まじい力を持っている。


 しかし神獣にも匹敵するほどの力を人間が使おうとすればその代償を払うことになるのは必然だ。


 ゲイルの膨大な魔力はたったの2撃で全て搾り取られていた。


「クソ……ここまで来てかよ……」


 動けなくなったゲイルの目の前にベヒーモスの顔が迫る。




 ばくん




 その直後、ベヒーモスがゲイルを呑み込んだ。


「いやあああああっ」


 フローラの絶叫が響き渡る。



「クソ!」


 ルークがはしった。


 ベヒーモスの喉が動いている。


 ならばまだゲイルは完全に飲み込まれていない!


 アダマンスライムの刃を閃かせ、ベヒーモスの喉を縦に切り裂いた。


 切り口に手を突っ込み、ゲイルの身体を引きずりだす。



「ルーク!」


「アルマ、彼を頼む!」


 駆け寄ってきたアルマにぐったりとしたゲイルを手渡すとルークはベヒーモスの前に対峙した。


 今やベヒーモスはルークだけを敵と認識しているようだった。


 怒りのこもった唸り声を上げながらルークを睨みつけている。


 ルークは静かに息を吐いた。


「……アルマ、みんなを連れてできるだけ遠くまで避難するんだ」


「ル、ルークは……どうするつもりなの?」


 ただならぬ雰囲気にアルマが震える声で尋ねる。


「僕は……これからあいつを倒す」


 ルークが左目にかかっていた髪をかき上げた。


 左眼の義眼が炎のような光を放っている。


「人工精霊回路、開放」


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