第59話:神獣ベヒーモス
かつてルークはイリスに魔物と魔獣についての違いを教えてもらったことがある。
魔物は重い魔素を体内に取り込むことで魔獣へと変化するのだという。
取り込んだ魔素の量、あるいは元々の魔物としての形質や他の魔獣を捕食することで魔獣はより強力な魔獣へと変化していく。
しかしそういった魔獣を遥かに超越した魔獣も存在していた。
それはイリスたち魔神と同じように別の世界からやってきた、この世の生きとし生けるものとは全く別次元の魔力を持った魔獣だ。
僅か一体で一国の総兵力をも凌駕するそれらは時に神話上の生物として語られ、時に人々や魔族の信仰の対象にすらなっており、魔獣と一線を画するためにこうも呼ばれていた。
― 神獣 ― と。
今、ルークたちの目の前にいるのはそんな存在だ。
神獣ベヒーモス、その姿は巨大な牛のようにも熊のようにも見えた。
体高は20メートル、体長は40メートルをゆうに超え、頭には巨大な真っ黒い角が2本隆々と立ち、口からはみ出した黄色い牙から唾液がとめどめなく滴り落ちている。
その姿を見た瞬間、その場にいた全員の頭に死がよぎった。
ただ数名の例外を除いて。
「ふ……ふん、何かと思えばただの巨大な牛ではないか!これしきの図体だけの愚図、俺の肩慣らしにちょうどいいわ!」
その例外の1人、ゲイルは震える声でそう叫ぶとベヒーモスに向かって駆けだした。
「駄目です!」
ルークの言葉も待たずに大きく跳躍し、ベヒーモスに向かって剣を振り下ろす。
剣は鉄筋のようなベヒーモスの毛に当たっただけで砕け散った。
「なっ!?」
驚く間もなく、うるさそうに首を振ったベビーモスの角がゲイルの身体を吹き飛ばす。
真横にすっ飛んでいったゲイルは壁に激突して崩れ落ちた。
「ば……馬鹿な……俺の剣が届かない……だと」
血を吐きながら尚も立ち上がろうとするゲイルだったが既に動くこともやっとの状態だ。
ベヒーモスが頭を軽く持ち上げた。
角が光を放ち、膨大な魔力が集まっていく。
「いけない!」
ルークが詠唱していた防御魔法を展開する。
防御魔法とはいえベヒーモスの魔力弾が直撃したらひとたまりもないことはルークもよく分かっていた。
それでも後ろには大勢の兵士たちがいる。
ベヒーモスの口から魔力弾が放たれた。
「うおおおおおおっ!」
渾身の力を込めて展開した多重防御魔法が次々に破壊されていく。
最後の一層を破壊した魔力弾がルークたちに向かって飛んでくる。
しかしそれは新たに展開された防御魔法によって阻まれた。
「みなさん大丈夫ですか!」
凛とした声が後ろから響いてくる。
「フローラ様?」
そこにいたのはウィルフレッド卿やタイロンを引き連れたフローラだった。
手には巨大な魔石を嵌めた宝杖を握りしめている。
「私も援護に来ました!これは一体何があったのですか?」
辺りの惨状に顔を青ざめさせながらも気丈にふるまっている。
「ベヒーモスです。おそらく
「そ、そんな……」
ルークの言葉に言葉を失うフローラ。
「フローラ様、僕が時間を稼ぎますからみんなの治療をお願いします!」
「……わかりました。気をつけてください」
フローラはそう言うと宝杖を振り上げた。
「
宝杖が作り上げた光のドームが中にいる者たちを瞬く間に回復させていく。
「フ……フローラ……何故来たのだ」
瀕死の重傷だったゲイルも意識を取り戻した。
「ゲイル王子、良かった……」
フローラが安堵の息を漏らす。
ゲイルは剣を杖によろよろと立ち上がった。
「お……お前は下がっていろ……俺がなんとかする」
「何を言っているのですか!まだ安静にしていないと駄目です」
一方でルークは1人ベヒーモスと対峙していた。
まともにやりあっても勝てる訳がないことはルークが一番わかっている。
幸いベヒーモスはまだ封印の間から完全に出ていない、ということはやることは1つだ。
「
ルークの魔法で崩れ落ちた天井がベヒーモスの上に降り注ぐ。
うるさそうに背中を振るうベヒーモス。
弾かれた破片が巨大な榴弾のように辺りに撒き散らされる。
(少なくともこれで多少は時間を稼げるはず。フローラ様の治癒魔法が済んだら全員で避難して体勢を立て直さないと……)
ルークがそんなことを考えていると突然ベヒーモスが身を縮めた。
ルークの全身を悪寒が走り抜ける。
「不味い!」
何度目かになる防御魔法を再び展開したその時、ベヒーモスのいた場所から爆発するように瓦礫が放たれた。
「危ない!」
ルークを救ったのはアルマだった。
巨大な鎧姿になったアルマがベヒーモスの放った瓦礫を全身で受け止める。
「アルマ!」
「わ、私は大丈夫……」
鎧を解除したアルマがぐらりとルークに倒れ込んだ。
その身体を受け止めたルークの目の前が不意に暗くなる。
見上げると頭上にベヒーモスがそびえたっていた。
(いつの間に封印の間から?)
ベヒーモスはルークたちを一瞥することもなく頭上を見上げる。
途端にその姿がかき消えた。
「な、なんだ……消えたぞ?」
「逃げた……わけじゃないよな?」
兵士たちに何が起きたのかわからず呆気に取られている。
嫌な予感にルークの背筋が総毛だった。
「まさか……いけない!みんなこっちに集まって!」
叫ぶなり詠唱を開始する。
「ルーク、どうしたのですか?」
ゲイルに肩を貸しながらフローラが駆け寄ってきた。
「あいつは地上に転移したんです!このままじゃセントアロガスが危ない!僕らも地上に行きます!」
その瞬間、ルークの転移魔法が展開した。
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