第47話:謀略
― ルークとウィルフレッド卿がダンジョンで夜を過ごしていた頃 ―
「クシャンッ!」
ベッドの中でアルマは小さくくしゃみをした。
「誰かが噂をしてるのかしら」
アルマは寝返りを打つと窓の外に輝く月を見た。
「もう、お父様ったらルークと2人だけで出かけるなんて、なんで私を誘ってくれなかったのかしら」
◆
次の日の朝、まだ寝ぼけ眼のアルマの部屋にメイドがやってきた。
「お嬢様、フローラ様の使いと仰る方がお嬢様に面会を求めています」
「フローラ様が?」
急いで身支度を整えたアルマが応接間へと向かうとそこには一分の隙もない身なりをした従者が立っていた。
「アルマ様でございますか?」
その従者はアルマに一通の書簡を差し出した。
「……これは!?」
封を切ったアルマの眼が驚きに見開かれる。
― 例の件についてお話ししたいことがあります。 至急お越しくださいますようお願い申し上げます。フローラ・ナイチンゲール ―
書簡にはフローラのサインと印章も押印されている。
(どうしよう、ここにはルークもお父様もいないのに……でもひょっとしてフローラ様が何かを掴んでそれを知らせようとしてるのかも……)
突然の事態に逡巡するアルマに従者が言葉を投げかけてきた。
「アルマ様、ことは急を要するようです。フローラ様も表立って動けぬ事情がおありのご様子でした。そのために私に赴くよう指示されたのです」
「……わかりました。今すぐ準備をしますので外でお待ちになってください」
やがてアルマは思い切ったように顔を上げた。
ここで悩んでいても仕方がない、ルークと父がいつ帰ってくるかわからない以上自分が決断するしかないのだ。
「私はこれから少し外出してきます。ルークとお父様が帰ってきたらこれを見せておいて」
執事に書簡を手渡すとアルマは外で待つ馬車に乗り込んだ。
◆
「アルマ、我が娘よ!帰ってきたぞ!」
昼過ぎにルークとウィルフレッド卿は屋敷へと戻ってきた。
「アルマよ、大事な報告があるのだ!今すぐここへ来てくれないか!アルマ?どこにいるのだ?」
「旦那様……」
姿を現さないアルマを不審に思っていると執事が書簡を手にやってきた。
「お嬢様は今朝がたフローラ様の使いと共に出かけていきました。これを旦那様とルーク様にと言付かっています」
「フローラ殿が……?例の件とは何のことなのだ?」
ウィルフレッド卿が訝しげな顔で書簡を眺める。
一緒になって見ていたルークの顔色が変わった。
「まさか……ウィルフレッド卿、フローラ様から届いた別の書簡はありますか?」
「あ、ああ、あるにはあるが……」
「今すぐ持ってきてもらえますか」
執事の持ってきた別の書簡と先ほどの書簡を手にしたルークの左目が赤く輝く。
2通の書簡をためつすがめつしていたルークだったがやがてその顔が苦悩に歪んでいった。
「……これは……偽の書簡です……!」
「なんだと!?」
「なんですと!?」
ウィルフレッド卿と執事が驚きに目を丸くした。
「紙はどちらも王室専用のものを使用しています。しかし非常に精巧ですが署名と印章にわずかな違いがあります。それになにより使っているインクが違います。これは偽書で間違いないでしょう」
「な……なんということでしょう……」
執事の顔が真っ青を通り越して真っ白になっている。
「これはおそらくプロの贋作師の仕事です。普通の人間に見極めるのは不可能です。それよりも今すぐに行方を追います!」
ルークは外に飛び出した。
屋敷の前の道にはいくつも馬車の轍が残っている。
しかしルークの眼には今しがたついた轍がはっきりと映っていた。
そしてそのうちの1つは行きよりも帰りの方がアルマの体重分深く沈んでいる。
ルークの顔が怒りに染まっていく。
「絶対に助けてみせる」
「ルーク!私も行くぞ!」
走竜に跨ったウィルフレッド卿がルークの元にやってきた。
「すいません、先に行っているのでついてきてもらえますか」
ルークは言うなり走り出した。
「お、おい、走竜を使った方が早いぞ!」
「それじゃ遅すぎます!
足が光にまとわれたかと思うとルークは凄まじい勢いで森の中へと消えていった。
「……こ、こうしちゃいられん!すぐに援軍を出すのだ!ルークを追いかけるぞ!」
唖然と見ていたウィルフレッド卿は気を取り直すと大慌てで手綱を引き絞った。
◆
アルマが異変に気付いたのは馬車に乗りこんでしばらく経ってからだった。
「セントアロガスへ向かっていないようですが、どこへ行こうとしているのです?」
「申し訳ありません、極秘の話ゆえに行き先はアルマ様と言えどもお伝えしないようにと命じられているのです」
怪しい。
どう考えてもフローラがそんなことを命じるわけがない。
馬車の中には従者の他に武器を携えた騎士が5人、護衛ということだがこの様子では自分を逃がさないための暴力部隊なのだろう。
この位の手勢なら逃げ出すことも可能だったがアルマはしばらく従うことにした。
馬車は街道からわき道にそれ、森の中へと入っていく。
「この道はナレッジ領へと向かう道ですが何故こちらに行くのです?フローラ様がいるとは思えませんが」
「チッ」
不意に従者が舌打ちを漏らした。
「いい加減に気付いても良さそうなもんだけどな。あんたはたった今誘拐されてる所なんだよ」
やはりか。
だとするとあの書簡も偽物だったのだろう。
アルマはため息をつきながら気持ちを切り替えた。
だったらこれからは誰がなんのために自分の誘拐を企てたのかをつきとめないと。
「ナレッジ領にあなた方のアジトがあるのですか、それともあなた方に依頼をした人がいるのですか」
「……ちょっと黙ってな」
偽従者がナイフを突きつけてきた。
既に口調が無法者のそれに戻っている。
「誰が依頼したとかどこに行くとかお前には関係ねえんだよ。怪我したくなきゃ大人しくしてろ。生かして連れてこいとは言われたが無傷でとは言われてねえんだからな」
ということはこの者たちは誰かに依頼されているということなのか。
だとしたら今は大人しく従ってアジトまでついていった方が得策かもしれない。
ルークだったらあの書簡が偽物だと気付いて追ってくるに違いないから。
黙りこくったアルマを見て偽従者が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ふん、聞き訳がよくて助かるぜ。安心しろよ、受け渡し場所までは身の安全を保障してやる。そっから先は知らねえがな」
馬車はナレッジ領へ入り、森を抜けてやがて洞窟のある崖に辿り着いた。
「着いたぜ。それじゃ早速で悪いが手を拘束させてもらおうか。言っておくが逆らうだけ無駄だぜ」
「お断りです」
毅然とした態度のアルマに偽従者の顔が怒りに歪む。
「聞き分けのねえお嬢ちゃんだな。今更怖くなったのかよ」
アルマは眼前にナイフを突きつけてくる手を掴むと従者の腕を捻りあげた。
そのまま背中をけ飛ばして騎士たちに向かって転がし、その勢いで身体を回転させて馬車の後ろの跳ね上げ窓から外に飛び出した。
「てめえっ!」
騎士たちが馬車からまろび出てきた。
洞窟からも凶悪な形相の男たちがおっとり刀で飛び出し、アルマを取り囲む。
「殺されねえからって調子に乗りやがって。死なねえ程度に切り刻んでやらあ」
「調子に乗っているのはそちらです」
アルマの身体が鎧に包まれた。
「動けないくらいで済ませますが、骨折程度は覚悟してください」
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